海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

5月31日 希望を育てる人

おはようございます。
神さまの力に今日満たされます。


☆今日の御言葉 ローマ4章17ー18節
『彼はこの神、すなわち、死者を生かし、無から有を呼び出される神を信じたのです。彼は、望みえないのに望みを抱いて信じ、その結果、多くの国民の父なりました。』


今日はペンテコステ礼拝です。この日が来ることをどれほど待ち望んでいたことでしょうか。イエスさまは、「父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力を身に着けるまでは、都に留まっていなさい」(ルカ24:49)と語られました。


私たちは、人生のある時、何かがすぐに与えられないと思う「待ち」の期間があります。それは、あらゆることの中で起こります。家族の問題、自分の健康、仕事、学校、人間関係、自分の思うように事柄が進まず、かえって悪い方向に向かっているように感じ、自分の思いも平安よりも恐れ、喜びよりも悩みや怒りが心を支配してしまうのです。


ここで、その人の行動は、二つの方向に進むための岐路に立たされます。一つは祈りの道で、もう一つは嘆きの道です。祈りの道は狭く、細く、その先に目に見える良いことがないように思ってしまいます。嘆きの道は、最初は広く、歩きやすく、自分の力を信じて進めば問題の解決が見えるように思います。


なぜ、祈りの道には希望が目に見えるように現れていないのでしょうか。


希望は、人生の先にあってたまたま見つけたり手にするものではありません。だれかが希望を届けて、私の心を喜ばせてくれるわけではありません。実は、神さまは希望の小さな命を一人ひとりにすでに与えてくださっているのです。


希望は、信仰と祈りで育てることができるのです。祈りの道をゆっくり歩み、信じて、涙を流す時にもしっかりとその希望を抱く時、豊かに育まれるのです。


希望の小さな命を抱いて生きた人がいました。信仰の父と呼ばれたアブラハムです。アブラハムは、希望を育てる人でした。希望をいつでも抱く人でした。信じる人でした。望みえない時も希望を捨てることをしませんでした。


希望を共に育てましょう。祈りをもって、「神さまは死者を生かすことのできる方」と繰り返し思い続けます。信仰をもって「神さまは、無から有を呼び出される方」と自分の内に語りかけます。


私たちは、希望を抱く人です。家族にもこの希望は与えられています。目に見えなくても、失望し、諦めないでください。


外側の人は衰えても、内には希望が生き生きと私たちの人生に輝くのです。たとえ、難しい問題の中で、打ちのめされそうになっていてもいても、人生は不幸だと思わないでください。神さまは、無から有を呼び出させるのです。見ていてください、何もないところから、神さまの業は起こされます。待っているならば、その期間が長いほどに、神さまの大きな業を見ることになるのです。


望みのない時こそ、希望を育てる大切な機会とされます。神さまは、わたしたちの特別に愛し、豊かな喜びで私たちの人生を楽しませてくださるのです。

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