海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

10月29日 登山に行きましょう

おはようございます。
ありのままが本当に美しいです。


☆今日の御言葉 創世記22章14節
アブラハムはその場所をヤハウエ・イルエと名付けた。それは今日、「主の山に、備えあり」と言われている。』


賛美歌を聞いていると慰めされることがたくさんあります。長沢崇史先生の曲で「アドナイ・イルエ」という賛美歌があります。その賛美は、今日の出エジプト記22章14節のみことばからつくられたものです。


歌詞の中には、神さまは必要を備えてくださるお方、生き場所を失い、つまずいた時も、主は光を照らされて、道を作られる、とあります。


ある時に、生き(行き)場所失うようなことがありました。この先どうしてよいか分からずに、ふとした時に、涙が出てしまうのです。でも不思議に神さまが良きものを備え、思いもよらない問題の解決が与えられました。心から、神さまは生きていると思えた出来事がありました。


アブラハムは、大切な独り子イサクをささげなさい、と神さまから語られます。奪われてしまう悲しみ、喪失の痛みを抱えながら、神さまが示した山に登りました。その登山は、頂上に行くまで、三日間かかりました。もしかしたら、アブラハムは葛藤する気持ちを抱えながら進んでは戻り、後ろ向きの気持ちでいたかもしれません。


三日目、いよいよ、息子イサクをささげる時に、天からの声が聞こえました。「アブラハムアブラハム・・その子に手を下してはならない。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが今、分かった。あなたは自分の息子、自分の独り子を私のために惜しまなかった。」(創世記22章12節)


神さまは試練をとおして、大切な宝をアブラハムに与えようとしたのです。それが、「ヤハウエ(アドナイ)・イルエ」です。行き詰まることがあります。その時こそ、恵みの世界の扉が開かれるのです。ヘブライ語の「イルエ」という言葉は、3つの意味があります。「見る、探す、計らう」です。アブラハムは、この「イルエ」という完全な神さまの備えに出会いました。神さまの恵みの宝は、試練を通して手渡されることがあるのです。


今日、私たちも主の山に登りましょう。問題を乗り越えるのは大変かもしれません。課題に向き合うことは骨がおれることです。少しずつ、ゆっくりとしたペースで大丈夫です。山を登るように、祈りの道に歩む時、天が近くになり、この世での心配や恐れは小さく見えるようになります。


今、祈りの課題を抱えていることがありますか。大きな試練や悲しみを抱いていることがありますか、登山に例えるといまどの辺りの道を歩いているでしょう。その時々の神さまの備えがあります。


まずは、五合目・・神さまの眼差し
いつでも、注がれる神さまの眼差しがあります。その眼差しは、豊かに私たちの人生を見つめています。アブラハムが山に登った1日目は、いろいろな葛藤、戸惑いがあったでしょう。問題の前で心は簡単に整理できません。まずは、神さまの眼差しの中で、安心して葛藤しましょう。疑問、戸惑いも神さまと私を結びつける大切な感情なのです。


そして、八合目・・神さまの思い
神さまの思いは、試練の中にあっても、悲しみを抱えることあがっても、いつでも私たちの思い大切にしていてくださっています。そして、一歩、一歩前へ足を進めるために、励まし、「大丈夫、一緒にいる」と語りかけてくださるのです。心が萎えてしまうことがあるでしょう。この先には、今まで味わったことのない恵みの世界が開かれているのです。時には休息を、まだ旅は続きます。


ついに、頂上・・神さまの備え
悲しみや困難は長くは続きません。永遠に苦しみ続けることはありません。やがて、そしてついに神さまの慰めと備えの時を経験するのです。肉体も疲れ、心も疲労しているでしょう。その労苦が報われる時がくるのです。痛みも葛藤も小さく思えるほどの神さまの備えと守りを経験するのです。


試練の山の頂上から、神さまの恵みの世界を見渡しましょう。ホッと一息、神さまはその試練の先にきちんと備えを用意してくださっているのです。


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10月28日 素顔が一番

おはようございます。
心配はもう神さまの手の中にあります。


☆今日の御言葉 ヨハネ黙示録22章17節
『渇いている者は来るがよい。命の水が欲しい者は、価なしに飲むがよい。』


中学校の国語の教科書にも出てくる、すやまたけしさんの「素顔同盟」という短編小説があります。小説の中では、すべての人が笑顔の仮面をつけないと法律によって罰せられるという時代設定です。


怒りや悲しみ、喜びの感情でさえ、人間関係や社会に悪影響を及ぼすということで、その法案ができてしまいました。学校では先生も生徒もみな、この笑顔の仮面をかぶっていますから、争いや衝突は回避されたように思われました。しかし、主人公の少年は、自分の本当の気持ちをあらわすことのできない状況に空しさを感じていました。笑顔の下で心は渇いていきます。


ある日、市街地の自然公園に出かけた時に、一人の少女が、ゆっくりと仮面を外し、素顔になっていました。重大な法律違反です。そんな時にあるうわさが広がりました。「素顔同盟」という一団があり、川の上流の森で素顔で暮らしているということです。その場所に行くと、川から仮面が流れてきました。拾い上げるとその少女のものでした。少年は迷わず、素顔同盟に住む人々の場所に向かって行きました。


笑顔の下に、私たちは、様々な表情をもっています。ある人は悲しみ、ある人は傷ついたままです。その素顔を隠すように、渇いた心を抱えながら生きていることがあります。


エスさまは、私たちの笑顔の下の悲しみを知っていてくださるお方です。そして、「渇いている者は来るがよい」と優しく語りかけてくださるのです。私たちのそのままが豊かな神さまの愛に包まれます。心を癒し、私たちの内側をそのままで輝かせて、愛されていること、祝福された人であることを思い起こさせてくださるのです


渇きを潤す水があります。
その水は、私たちの今日の日を満たし、幸せにしてくれます。


・神さまは岩を打つ
「神が大岩を打つと、水がほとばしり、豊かな流れとなった。」(詩篇78:20)
私たちはたくさんの問題や課題を抱えて生きているものです。緊張をして、表情を硬くして生きています。心の底からまだ喜ぶことができずに、何ごともないかのような仮面をかぶって生きてしまうことがあります。神さまのもとに進みます。祈りの道に歩みます。神さまは、どんな大きな祈りの課題も、大岩を砕くように、恵みの出来事へと、祝福の出来事へと変えてくださるのです。


・生き返る
「川が流れて行く所ではどこでも、群がるすべての生き物は生き返り・・」(エゼキエル47:9)
心は渇くことがあります。心が渇くと、その渇望から苦々しい思いが出てきます。渇きから、怒りや恨みも出てきます。怒りや恨みは、人生を不幸だと決めつけ、生きていて何の良いこともないと思わせ、深い渇望へと導きます。みことばに触れていると、神さまの大きな川の流れが天から注がれることを経験するのです。

 


・永遠の命の喜び
「私が与える水を飲む者は決して渇かない。私が与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水が湧き出る。」(ヨハネによる福音書4:14)
私たちは、外側のことで、心の満たし求めることがあるかもしれません。幸せと思うこと、見える現実を良くすることで、心の満たしを求めていきます。しかし、それは一度限り、その時が終わればまた渇きがやってきます。本当の満たしは、私たちの心の中にあります。外側のことではなくて、内側から喜びの泉が湧き上がるのです。


素顔のままで、その姿が一番美しいのです。
 

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10月27日 試練を喜ぶ人

おはようございます。
求めるならば与えられ、叩くなら開かれます。


☆今日の御言葉 ヤコブ1章2−3節
「さまざまな試練に遭ったときは、この上ない喜びと思いなさい。信仰が試されると忍耐が生まれることを、あなたがたは知っています。」


ストレスを感じることはありますか。ストレスがあまりに強いと、心が折れてしまいます。折れてしまうことがないように、そのストレスを跳ね返す心のバネがあります。心のバネをしなやかにそして強くすることができます。


人間には、ある程度のストレスが必要であると言われています。ストレスを跳ね返す力を「レジリエンス」呼びます。この「レジリレンス」というのは、ストレスで一旦心が歪んでしまうような状態になりますが、それを跳ね返して、さらに大きな可能性へとつなげていくものになります。

 

ストレスがかかれば、誰もが嫌な気持ちになったり、生きる意欲や何をしても面白くないと感情的になったりします。しかし、その気持ちのままストレスを受け続けることは危険です。心が折られる前に、跳ね返します。そして、跳ね返した時に、忍耐強くなり、前向きになり、すべてのことを人生の糧として生きる力となります。


心が折れてしまっている時には、無理をしないでください。一緒にお祈りさせてください。
折れそうになっているとき、まだ大丈夫です。ここから跳ね返していきます。


さまざま試練は私たちにストレスを与えています。試練のすべては決してすべてが悪いものではありません。ストレスがかかった時、私たちがものすごく成長するチャンスともなります。静かに喜びます(心でガッツポーズをします)。


神さまは、この試練を通して、いままで味わったことのない恵みの出来事を見せようとしてくださっているのです。そして、その恵みの出来事の経験を積み重ねることを通して、神さまが今も生きておられることを実感し、何事にも感謝して生きるようになります。


なぜ、そう言えるでしょうか。ストレスを通して、私たちの心に負荷がかかります。そしてその負荷に対処するいろいろな作用が起きてきます。その時は辛く、その時は疲れてしまうかもしれませんが、そこから忍耐という尊い宝が磨かれて、心をしっかりと支えるものになります。忍耐は、お金で買うことができません。誰かが手渡してくれるものではありません。忍耐は、試練から買うことができます。手に入れることができます。忍耐は、これからの人生の大きな原動力となっていくのです。


試練(ストレス)を跳ね返す力をみことばの中から見ていきます。


・自分軸をもつ
「あなたを造り、母の胎にいる時からあなたを形づくり、あなたを助ける主はこう言われる。恐れるな・・」(イザヤ44:2)
私たちは、揺るぎない愛に支えられています。今の人生は、完全に神さまの手の中に置かれています。自分の能力や、心にある思いによって、悲しんだり、憂いたりする必要はありません。私たちは、能力によって人生の意義を見い出すのではなくて、神さまの愛を拠り所とします。その愛は、私たちは離れることがないからです。


・しなやかな強さをもつ
「私は労苦し、私の中に力強く働くキリストの力によって闘っているのです。」(コロサイ1:29)
恐れの風を止めることはできません。困難な嵐も避けることはできません。いろいろものが降りかかり、恐れさせ、不安にさせるものがあります。それでも、私たちの存在がすべて脅かされるわけではありません。倒れても、それによって不幸になるわけではりません。神さまの恵みによって、内に働くキリストの力によってさらに力強くされるのです。


・広い心をもつ

「あなたがたの広い心がすべての人に知られるようにしなさい。主はすぐ近くにおられます。」(フィリピ4:5)
自分にとってのクオリティータイムを大切にします。自分自身を高める時間、心が安らぐ時を意識して、ストレスで生活が支配されないようにします。暗闇はありますが、光もあります。試練もありますが、神さまの助けも必ずあります。10%の悩みで90%の喜びを奪われないようにします。不幸だと決めつける前に、恵みを数えてみます。


今日という日のトレーニング場でどれほど強くされるでしょうか。


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10月26日 非常に良い油があります

おはようございます。
神さまは良いものを与えて楽しませくださいます。


☆今日の御言葉 詩篇92編11、15節
『新しい油で私を潤した。・・年老いてもなお実を結ぶ、命豊かに、青々として。』


普段の食事で、最近は油に気を使うようになりました。グレープシードオイルというものを使っています。ビタミンEを多く含んでいて抗酸化作用が強くアンチエイジング効果が期待できるようです。冷え性が改善されたり、むくみの解消、美肌効果もあるようです。変な宣伝になってしまいましたが・・。気にしないでください。


聖書にも良い油があります。「新しい油で私を潤した」と記されています。この油には、私たちの心と体、人生の歩みの一つひとつにとても良い効能があります。年老いても実を結び、命豊かで、いつまでも若々しく、青々していきます。


心の領域が広くされ、信頼と愛をもって物事を見るようになります。人間関係の難しさの中でも解決の糸口を見い出すことができます。年を重ねることが美しく、幸せであるといつでも心から感謝が溢れてきます。


この新しい油で今日、潤されましょう。心はつやつやになります。
どの油がいいですか?3種類ご用意しました。注文すれば、いつでも神さまから届けられます。


1、香油
「私を苦しめる者の前であなたは私に食卓を整えられる。私の頭に油を注ぎ、私の杯を満たされる。」(詩篇23:5)
日々、出会う人たちは、心地よい人間関係もあれば、緊張関係もあります。気が合う人もいれば、そうではない人もいます。苦々しい気持ちを抱えたままであると幸せを実感することができません。苦しみの心を抱えることがありますが、もうそこに気持ちを支配される必要はありません。私に良いことをしてくださる神さまです。喜びを与えてくださる神さまが、私の人生を豊かに満たしてくださっているのです。


2、ともしびの油
『賢いおとめたちは、それぞれの灯(ともしび)と一緒に、壺に油を入れて持っていた。」(マタイ25:4)
私たちは、もしかすると、他の人と比べて、どちらが輝き、充実しているかを競い合っているように大切な人生を生きてしまうことがあります。目に見えること、今日経験すること、それらの実体験で私たちの人生の本当の幸せが決まるのではありません。神さまが注いてくださる油は外からは見えないかもしれません。暗い時こそ、辛い時こそ、輝くともしびの油があります。信じる気持ちは、私たちの人生を宝のように輝かせているのです。


3、喜びの油
「シオンの嘆く人に、灰の代わりに頭飾りを、嘆きの代わりに喜びの油を、沈む心の代わりに賛美の衣を授けるために。」(イザヤ書61:3)
もう、私たちは空しい人ではありません。嘆きの人ではありません。沈んだ心のままでひとりぼっちになるわけではありません。神さまの愛で輝く頭飾りがあるのです。いつでも心には、喜びの油を注いで、楽しませ、喜ばせてくださるのです。尊い一人ひとりです。日毎に恵みは深くなります。一番輝く時がこれからやってきます。


注文書はこちらです____________________________
(天の神さま宛て)〒1059・・・
 

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10月25日 心は熱く、幸せに

おはようございます。
心の安らぎは人間関係を良好にします。


☆今日の御言葉 ヨハネ黙示録3章15節
『私はあなたの行いを知っている。あなたは、冷たくもなく熱くもない。むしろ、冷たいか熱いかであったほしい。・・見よ、私は戸口に立って扉を叩いている。もし誰かが、私の声を聞いて扉を開くならば、私は中に入って、その人と共に食事をし、彼もまた私と共に食事をするであろう。』


人間は、情熱をもって生きる時に、喜びを感じたり、たくさんの問題があっても「大丈夫」と思える自信を持つことができます。たとえば、物を燃やすときには、酸素が必要です。人間の活力や原動力を生み出すためにも、吹き込む風が必要なのです。聖書ではそれを、神さまの命の息と表現しています。


それはどのように実際に私たちの生活に力を与えるものとして実感できるでしょうか。


私たちは普段1日で、約3万回呼吸をしていると言われています。今日少しの時間、吸って吐くことを意識しています。深く息を吸い、そしてゆっくりと息を吐きます。心を静めて、何も心配せずに、ただ吸い込む息、吐く息だけを意識します。


自分の存在の中に、神さまの大きな愛に包まれている平安が満ちてくるようになります。私たちを恐れさせるものは何もありません。今日の日は、豊かな神さまの愛が包み込んでいるのです。そして、自分の手に何も握りしめることなく、すべてを安心して神さまに委ねます。


神さまは、情熱を与えて、私たちを生かすことのできるお方です。生き生きと今日を過ごすためには、命の息が吹き込まれます。
「その鼻に命の息を吹き込まれた。人はこうして生きる者となった。」(創世記2章7節)


ゆっくりと神さまの愛を吸い込みます。ただそれだけを意識します。私たちは、愛されるために生まれました。この愛は、決して私たちを離すことはありません。疲れた時に思い起こしてください。人の言葉に傷ついたら知っていてください。命をかけてまであなたを愛している方がいつも共にいてくださるのです。現実に疲れたら、自然の豊かなところで、大きく深呼吸をするように、神さまの愛を感じます。


エスさは、戸口にたって心の扉を叩いているのです。ノックの音が聞こえます。小さな音かもしれません。この世の声のほうが大きく心に響いているかもしれません。人の言葉の方が、心に刻まれてしまっているかもしれません。この世の声も、人の言葉の影響も、そんなに気にする必要はありません。みことばの声を今日はたくさん思い起こします。私たちは、その扉を開けるように、自分自身の思いだけに固執することなく、心を開きます。その時、私たちには、新しい価値観、世界観、見方や考え方が少しずつ変わっていくことがあります。


心は燃えてくるでしょう。命の息を吸って、思い煩いは外に吐いてしまいましょう。


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10月24日 心を充電する日

おはようございます。
誰にどう思われていたとしてもあなたの価値は変わりません。


☆今日の御言葉 ヨハネによる福音書6章48節
『私は命のパンである。』


毎日、毎日お疲れさまです。その労苦や手の業、語りかける言葉や祈りによって、誰かの心が安らいだり、助けられたりしています。周りの人は言葉に出さなくても、感謝しているのです。本当にありがとうございます。あなたの存在はどれほど大きな喜びでしょうか。


今日は、心を充電する日です。どこにいても、何をしていても、恐れたり、心配する必要はありません。いつでも「神さま今日、わたしが疲れ果て、渇くことがないように、心と思いを満たしてください」と祈ります。


エスさまは、ご自分のことを「命のパンである」と言われました。もし、この命のパンを手にとり、味わい、その美味しさを実感することができたらどんなに大きな喜びが広がるでしょうか。心は満たされ、愛されていることを深く実感することができます。


・パンを手にとる
「イエスはパンを取り祝福してそれを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取りなさい。これは私の体である。」(マルコ14:22−23)
エスさまが手渡してくれるパンは、小さく裂かれて一人ひとりに手渡されました。人それぞれ感じ方や受けとめ方は違います。イエスさまは、私がきちんと理解できるものを手渡してくれます。人とは違っていてもいいのです。イエスさまはわたしの気持ちをすべて理解していてくださって、私に分かるように神さまの愛を示しつづけてくれるのです。裂かれたパンは十字架です。私の痛みも悲しみもすべてを知っていてくださる方が、さあ、あなたに恵みの出来事を用意しているから、それを味わいなさいと呼びかけてくださっているのです。


・甘い香りが広がる美味しさ
「金よりも、あなたの純金よりも好ましく、蜜よりも、蜂の巣のしたたりよりも甘い。」(詩篇19:11)
私は、以前アルバイトで早朝の牛乳配達をしたことがあります。朝4時から7時ごろまで、一軒一軒を周りながら牛乳を配りました。朝に新鮮な牛乳を飲む一人一人の姿を想像していました。神さまは、私たちの1日1日の歩みに、必要なことを備えてくださっています。どんな時にも聖書を開いて見ましょう。みことばを読んでみましょう。疑問や不安に思っていることの答えを見つけることができます。みことばは、生きています。尊く、豊かで、甘い優しさを感じます。


・もう飢えない、もう渇かない
「私が命のパンである。私のもとに来る者は決して飢えることがなく、私を信じる者は決して渇くことがない。」(ヨハネ6:35)
心や感情は、物事に対して敏感に反応するようにできています。心配は増え広がり、感情は悪い方向へと進んで行ってしまうことがあります。でも真実があります。神さまの守りの中で、愛され、問題は解決され、人の振る舞いや世の中の喧騒に巻き込まれることなく、平安で、イエスさまの命のパンをいただいて安心して過ごすことができるのです。飢えること、渇くことがあっても、落ち込まなくていいのです。その大変な経験があるからこそ、恵み深い命のパンの味わいを知ることができるからです。


恐れを横において、信頼を心において、今日が守られますように。
 

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10月23日 信頼と確信と勇気

おはようございます。
良い出来事をたくさん経験する日でありますように。


☆今日の御言葉 ヤコブ1章25節
『自由の律法を一心に見つめて離れずにいる人は、聞いて忘れてしまう人ではなく、行う人になります。このような人は、その行いによって幸いな者となるのです。』


心は成長に、人間は愛されて強くなれる存在です。昨日よりも今日、昨年よりも今年、日毎に神さまの恵みが注がれていて、沢山の悩み後悔を抱えるものですが、私たちの生涯には希望が必ずあるのです。


ある本を読んでいた時に、「心の基礎工事」という言葉が記されていました。心にしっかりとした基礎ができていないと、現実の事柄に不安定になってしまいます。感情で対処したり、浮き沈みが激しく、心が疲れてしまいます。基礎工事がしっかりしていれば、揺るぎない心の平安、生かされている喜び、恐れを小さく信じる思いを大きくして歩いていくことができます。


今からでも心の基礎工事は可能です。
3つの土台をしっかりと築きます。
・愛されていることの信頼
・自分が良いものであることの確信
・幸せを選ぶ勇気、


・みことばを一心にみつめるー信頼
聖書のみことばはどこを開いても神さまの愛の呼びかけが聞こえてきます。人は、愛されていることの信頼を強く感じている時に、その心に揺るがない基礎ができます。愛は親密なつながりから生まれます。神さまはどれほど私たちを愛し、守り、支えてくださっているでしょうか。その愛に信頼を置き続けます。


・聞いて忘れないー確信
みことばを心で聞き続けると、生活での変化を経験します。それは、自分はよいものであること、必要な存在であること、神さまが愛をもって私の人生を尊く生かしてくださることを知るのです。自分の価値観は、自分や他の人によって見い出すものではありません。神さまの愛から自分の価値を見い出すと、その価値はいつまでも永遠に輝き続けることを知ることができるのです。確信をもって、「わたしは神さまに愛されている」と思えるのです。


・行う人ー勇気
愛されていること、良いものとして今日を生かされていることをいつでも思い起こし、歩む時に、何も心配することなく、委ねた心をもったしなやかな人として生きることができます。良いこと、悪いこと、人を生かすこと、人を傷つけること、たくさんの選択肢があるなかで、良いこと、自分も周りの人も幸せになることを選び取る勇気ある人になります。


神さまの愛にしっかりと結ばれ、今日を安心して過ごします。
 

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