海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

7月26日 Go to Jesus キャンペーン

おはようございます。
休息が与えられ元気を回復する日でありますように。


☆今日の御言葉 申命記8章2−3節
『あなたの神、主がこの40年間の間、荒れ野であなたを導いた、すべての道のりを思い起こしなさい。主はあなたを苦しめ、試み、あなたの心にあるもの、すなわちその戒めを守るかどうかを知ろうとされた。そしてあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたもその先祖も知らなかったマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きるということを、あなたに知らせるためであった。』


「Go to キャンペーン」が始まりましたね。まだまだ新型コロナウイルス感染症の心配がある中ですがどうなることでしょうか。自然豊かなところでホッと一息、綺麗な景色を見たりしたいですね。気分転換できる場所はたくさんありますが、わたしたちにとっての本当の憩いの場所があります。


エスさまの所には安らぎがあり、命の尊さと生きていることの喜びがあります。今日は、イエスさまのもとで休みましょう。愛を呼び覚まし、希望を抱き、ありのままの自分の姿を喜びましょう。たくさんの荷物(重荷)を背負って生きると心は重たくなり、疲れ果ててしまいます。


荷物を整理して、必要なものだけをもって、歩むならば、今日の日は、素晴らしい喜びに満たされます。イエスさまは、過去を恵みに変え、未来を希望に変え、今を喜びに変えることができるのです。


エスさまと一緒に今日を喜びの日としましょう。


1、荷物を整理する
エスさまと一緒に荷物を整理してみましょう。今日のみことばに「すべての道のりを思い起こしなさい」とあります。私たちはたくさんのことを経験してきました。たくさんの困難を乗り越えてきました。喜びもありました。この過去の経験という荷物は、自分ですべて抱え込まなくていいのです。


抱え込むと、自分の思考で何かを判断してしまいます。そして、それはしだいに重たくなっていくのです。ただ眺め、自分で良い、悪いの判断をするのではなくて、イエスさまと一緒に見つめます。イエスさまは慰めてくださいます。「よくやった」と言ってくれます。「大丈夫、わたしが最善のことにしよう」と呼びかけてくださるのです。自分で背負いきれない問題は、イエスさまが「わたしの手に委ねなさい」と語りかけてくださるのです。


2、必要なものを持つ
私たちの人生には、試みと思えるものがありました。「主はあなたを・・試み、あなたの心にあるもの・・知ろうとされた。」試練と思えるようなことがありました。それは決して私たちの人生を絶望に陥れるためではありません。本当に大切なものを何かを気づかせるためでもあったのです。


本質を知るならば、私たちはこれからの生涯、自分にとって大切なものに集中して生きるようになります。大切なものは、そんなに多くのものではないことに気づいたはずです。苦しみは、私にとって大切なことは何かに気づかせ、私らしく生きるものへと導く力となるのです。


3、自由と喜びで生きる
過去のことを神さまに結びつけて考えて見ます。長い周期で、神さまが私を愛し、私のためを思ってなされたひとつひとつを心に留めます。自分の感情で苦しいもの、最悪なもの、後悔に満ちたものとして見てしまうことから守られます。「主の口からでる一つひとつの言葉」が届けられるのです。過去の痛みにも、一つひとつ・・過去の憂いにも、一つひとつ・・、だから大丈夫です。神さまのみことばが、私たちの人生をきよめてくださるのです。私たちは、新しい人生の領域を知ることになります。それは・・光と静けさだけを感謝するのではなくて、闇も嵐の中でも神さまを賛美するようになるのです。


いつでも愛をもって、私たちを祝福し、守ってくださる、イエスさまのもとへ行きましょう。
Go to Jesus キャンペーンはどうでしょうか。


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7月25日 人生最良の日

おはようございます。
雲の上には太陽があるように、神さまの愛は今日も変わりません。


☆今日の御言葉 ヤコブ4章13−14節
『さて、「今日か明日、これこれの町へ行って一年滞在し、商売をして一儲けしよう」と言う人たち、あなたがたは明日のことも、自分の命がどうなるかも知らないのです。あなたがたは、つかの間に現れ、やがては消えていく霧にすぎません。むしろ、あなたがたは「主の御心であれば、生きて、あのことやこのことをしよう」と言うべきです。』


アップルコンピューター社を創業したスティーブ・ジョブズ氏は、2005年6月にアメリカのスタンフォード大学の卒業式でスピーチをしました。今日のみことばを読みながら、その内容の一部を思い起こしました。


〝私は毎朝、鏡に映る自分に問いかけるようにしているのです。「もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていたことをするだろうか」と。「違う」という答えが何日も続くようなら、ちょっと生き方を見直せということです。自分はまもなく死ぬという認識が、重大な決断を下すときに一番役立つのです。なぜなら、永遠の希望やプライド、失敗する不安…これらはほとんどすべて、死の前には何の意味もなさなくなるからです。本当に大切なことしか残らない。・・〟


本当に大切なことは今日、何でしょうか。自分にも問いかけています。「今日か明日、これこれの町へ行って一年滞在し、商売をして一儲けしよう」それはもしかしたら、りっぱに人生を築く知恵かもしれません。それでも富も名声も、プライドも成功もやがて消えていく霧のようなものになってしまうでしょう。


人間関係においても、競争や嫉妬、後悔や怒り、それらのものも今日の私に大きな影響を与えているかもしれませんが、一番大切なものではありません。感情も現れては消えていく霧でしょう。


今日の日を豊かに、毎日が人生最良の日として生きるために、「神さまの御心」を中心にしてみます。
霧がはれて、闇が過ぎ去り、私たちの人生は、自由な喜びと感謝に満ち溢れるのです。


神さまの御心はなんでしょうか。神さまの心は、愛です。


・神さまは、救いを受け取ってほしい、と願っています。
「わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることである。」(ヨハネ6:40)
心を閉ざさないでください。そのままの心のすべてを神さまは知っていてくださり、赦してくださり、救いを与えてくださるのです。空しいと人生と思わないでください。永遠の命の喜びは、今の私の人生を希望に満ち溢れさせるのです。心配はもういりません。恐れは支配しません。神さまの永遠の命の喜びは心に泉のように湧き上がるのです。


・神さまは、秘められた計画を知ってほしい、と語られます。
「秘められた計画をわたしたちに知らせてくださいました。これは、前もってキリストにおいてお決めになった神の御心によるものです。」(エフェソ1:9)
今、喜びの出来事が見えなくても、今自分の思うような現実ではなくても、失望しないでください。私の視界の範囲では収まらないほどの広い神の国の世界があるのです。私の知恵と思考では到達することができないほど、高くて広い神さまが見せてくださる恵みの風景があるのです。待ち望みながら祈りの道に進む時、素晴らしい祝福が待っています。


・神さまは、内に働く力で生きてほしい、と祈っています。
「あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです。」(フィリピ2:13)
弱さや足りなさをもう嘆かないでください。弱さは神さまの力を体験するために必要なものです。足りなさは優しさと愛を生み出すために必要なものです。私たちの人生にマイナスと思えるようなことがあったとしても、無駄なものは何一つないのです。火を燃やすためにはあらゆる薪(痛み、失望・・)が必要です。神さまにあってすべてのことが用いられて、内に神さまの愛の炎が燃えて、生きる喜び、私にしかできない働き、奉仕へと思いも行動も導いてくださるのです。


たとえ今が喜ぶことができないことがあっても、素晴らしい出来事を経験するための一歩手前にいる時なのです。


今日の日が、神さまの心からの願いを知る、人生最良の日でありますように。


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7月24日 奇跡の道の歩き方

おはようございます。
心に祈りのスペースを、ゆっくり歩みましょう。


☆今日の御言葉 出エジプト記14章21−22節
モーセが海に向かって手を伸ばすと、主は夜通し強い東風で海を退かせ、乾いた地にした。水が分かれたので、イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んで行った。水は彼らのために右と左で壁となった。』


あるエッセイを読んでいた時に、〝心のエンジンを止める〟というお話がありました。


「みことばを読む時に、頑張るエンジンを止めてほしいのです。・・分かろうとするのではなく、ゆっくりと耳を澄まし、受け止めてほしいのです。世の中には、分かろうとしても分からないことがある。分かることも大事だけど、分からないことも実は大事です。なぜならそこにこそ、あなたの理解を超えるものへの可能性があり、あなたの視野が広がる奇跡があるからだ。」


エジプトの苦役から救い出されたモーセイスラエルの民は、葦の海の前で立ち止まりました。男女、子ども合わせて300万人以上いたと言われています。後ろからは、人々の命を奪うためにエジプトの軍隊が迫ってきます。前には大きな海があります。絶体絶命のピンチです。逃げ場はありません。問題の解決の糸口は一つも見出せません。


モーセイスラエルの民もここにたどり着くまでは心のエンジンは全開だったはずです。オーバーヒートする寸前であったでしょう。そして立ち止まるのです。心のエンジンを止めました。恐れの中にあっても、静かな時間が流れます。神さまの業が現されようとしているのです。奇跡の道が今開かれようとしているのです。


心のエンジンが止まる時、神さまの力が動き出します。静まる時に、すべてを支配しておられる神さまの奇跡が現されるのです。モーセイスラエルの民が海の道を歩いたのは、昔のことではありません。今、今日、私たちも、海の中の道を、今まで歩いたことのない道を歩いているのです。


奇跡の道の歩き方


1、問題に祈りの手を伸ばす
モーセは、海に向かって手を伸ばしました。自分の歩み道を立ち止まらせている問題がありますか。見ればみるほど恐れを感じる出来事がありますか。解決の道は必ずあります。祈りの手を伸ばす時、モーセは海を見たでしょうか。目を閉じたことでしょう。そして、心の目が開かれて、静まり神さまの御業を思い起こしたのです。今まで、数々の神さまの助けが与えられました。困難を乗り越えてきました。神さまは決して見捨てることも見放すこともなかったのです。その出来事を思い起こし、恐れを心に入れるのではなくて、神さまの恵みの業を心に思い巡らしました。その時信仰が心に宿り、力が与えられて、神さまを信頼して歩くことができるのです。すべては守られます。


2、みことばの声を聞く
私たちは、立ち止まることを余儀なくされる時があります。今まで頑張って歩いてきました。何かをしても報われないと思う時もありました。祈っても状況が改善するよりもさらに悪い方へ進むような失望を経験することもあるかもしれません。苦しみや痛みは、人生の行き止まりではなく、新しい神さまの恵みの世界を開く扉です。叩くならば開かれるのです。求めるならば救われるのです。モーセは、夜通し吹く東風の音を聞いていました。すべてを支配される神さまの力のみことばを思い起こしたのです。聖霊の風が吹いてきます。それはみことばの声です。「恐れるな、わたしはあなたと共にいる。ただ信じていなさい。」神さまの恵みの扉は開かれます。


3、奇跡の道を大胆に進む
奇跡の道を歩みましょう。自分の知恵の中ですべてを考えなくていいのです。自分の思い通りにならないことも大歓迎です。なぜなら、神さまは私たちの思いを超えた道、私たちの理解を超えた、可能性に満ちている生涯、自分という枠組みを超えた、神さまの視点で見る広い世界を見せてくださるのです。恐れ、不安、行き詰まりと思うことは、自分の知恵と思考の世界で起きていることです。それがすべてではないとするならば、知恵と思考を超えたところにある、神さまが生きて働く、海の中の奇跡の道を歩くような今日の日を与えてくださっているのです。


神さまはどんなに難しい問題が見えても、守り導いてくださる方です。
ここにも奇跡が、あそこにも自分の思いを超えた恵みがあったと喜ぶ日でありますように。


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7月23日 私の心は燃えている

おはようございます。
雨の日ですね、心には神さまの恵みの太陽が輝きますように。


☆今日の御言葉 ルカによる福音書24章30、31節
『イエスはパンを取り、祝福して裂き、二人にお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は互いに言った。「道々、聖書を説き明かしながら、お話しくださったとき、私たちの心は燃えていたではないか。』


クリスマスの時に教会に飾られるお花で「ポインセチア」があります。赤いポインセチア花言葉は「私の心は燃えている」という意味があるようです。ポインセチアはメキシコを原産としていました。メキシコでは聖夜という意味の「ノーチェ・ブエナ」と呼ばれているそうです。


メキシコにはポインセチアにちなんだ素敵なお話があります。昔、ぺピタという貧しくも優しい少女がいました。ある日、彼女は従妹のペドロと一緒に教会に祈りを奉げに行きました。貧しい彼女は神さまへの贈り物がない事をひどく悲しみました。ペドロは彼女に真実の愛を神さまに奉げ祈る事が、どんな高価な贈り物より大事だと教えました。


しかし、気が収まらない彼女は道端の花でブーケを作りました。みすぼらしいように見えるブーケを見た彼女は情けなくなり、涙が止まらなくなりました。


ペドロの言葉を思い出しキリストの十字架の前に置くと、そのみすぼらしいと思っていた花束が光に照らされて美しい赤い花であったことに気がつきました。それがこのポインセチアであったと言われています。


これは、童話のようなお話かもしれません。神さまの前に捧げられたお花が赤く輝き、美しい姿であることを知ったのです。それは、神さまの前にいる私たちの姿でもあります。


今日のみことばに登場する二人の人は、意気消沈していました。イエスさまが十字架で死んでしまったからです。夢も希望も失われてしまったかのようでした。エルサレムからエマオへと重たい気持ちを抱えて歩いています。イエスさまは、その二人に近づき、聖書のみことばを語り伝えました。そして、イエスさまの出会いを通して、のちに「私の心は燃えていた」とその時の心の変化を告白したのです。


わたしたちは、今日どのような道を歩いているでしょうか。恐れと不安の道み、失望と悲しみの道、イエスさまは私たちのそば近くにともに歩いてくださっています。イエスさまの姿をすぐに見たり知ったりできなくても大丈夫です。共に今日を歩き続けます。神さまの愛によって私たちの心は燃えていくのです。どのようにしてでしょうか。


1、目が遮られてしまう時、耳が開かれます
苦しみや痛みは、本当に大切なことを見失わせてしまうことがあります。私たちの心は、良い方へと思いを高くしていくよりも、悪い方、最悪なことへと思いを低くしてしまうことがあります。目が遮られてしまう時、神さまは耳を開いてくださるのです。みことばを心に語りつづけてくださるのです。その人の内には、希望の命が心に宿り、やがて、喜びの心になっていくのです。見えることで失望することがあっても、耳をすませば、みことばが聞こえてくるのです。


2、目が開かれる時、信仰の世界が見えます
耳が開かれると、新しい視点で世界を見えるようになります。目も開かれ、神さまが大きな愛をもって今日を守っていてくださることを知るようになります。神さまにとって私はむなしい存在ではありません。宝のような尊い存在なのです。苦しみと悲しみの人として生きる人生から、神さまの恵みと愛の中で生かされていることを豊かに知るようになります。


3、心が燃えている時、私の本当の姿を知ります

そのままの私の姿、苦しみを抱えていても、悲しみの中に生きていても、それでいいのです。イエスさまは、一人ひとりを招いています。一つのお花がイエスさまの前に飾られた時に、光に照らされて輝いた姿になったように、心の内に神さまの愛が輝くのです。宝を土の器に納めています。苦難を受けることがありますが、行き詰まらることはありません。神さまがいつでも道を開いてくださるからです。途方に暮れても失望しません。失望は希望を生み出すことを知っているからです。倒されても滅びません。イエスさまが立ち上がらせてくださるからです。宝が輝き、私の心は燃えているのです。


あなたのうちに輝くこの光はこの世の希望です。

 

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7月22日 神さまの家の子育て

おはようございます。
神さまと一緒に歩く幸せな日でありますように。


☆今日の御言葉 ヘブライ人への手紙3章6節
『キリストは御子として神の家を忠実に治められます。もし確信と希望に満ちた誇りとを持ち続けるなら、わたしたちこそ神の家なのです。』


ある家に行きました時に、リビングの壁に「7つの家族の約束(ファミリールール)」というものが飾られていました。とても心温まる約束です。
1、どうぞ、ありがとうを言おう Say please & Thank you
2、いつも、本当のことを語ろう  Always tell the truth
3、約束を守ろう Keep your promise
4、大きな目標を! Dream big!
5、優しい言葉を使おう Use kind words
6、仲直りにはハグをしよう Let’s hug to reconciliation
7、お互いを尊敬しよう Respect each other


社会や世の中という大きな枠組みで自分の存在を見ると、とてもちっぽけで、生きることの意味を見い出せない時もあります。でも家という小さな愛のある関係の中で、人は力と安らぎと喜びを知ることができます。神さまとの関係は、まるで家族のようにして共に生きることなのです。


神さまは、私たちを神の家に招待してくださっています。招待するだけではありません。私たちを神の子にしてくださっているのです。神さまにとって私たちは、他人でも、見知らぬ人でもありません。神さまの家の家族の一員なのです。


神さまの家にもファミリールール(家族の約束)があります。それは、私たちがどれほど愛されていかを知ることができて、複雑な社会の中でも力強く歩いていくことができる神さまの祝福の約束です。


慈愛に満ちている方が私たちの目をじっと見て、いつでも優しく語ってくださるのです。
「確信と希望に満ちた誇りを持ち続けよう」と。


1、確信を持ち続けよう
確信は、神さまを信頼することです。私たちを愛してくださる方は、必ず守っていてくださいます。私たちは恐れの中にいても、迷いの中にいても、戦いの中にあっても、弱さの中にっても、必要な力は与えられます。「彼らがわたしに陣を敷いても、わたしの心は恐れない。わたしに向かって戦いを挑んで来ても、わたしには確信がある。」(詩篇27:3)という信頼があれば、もう恐れたり悔やんだりしなくていいのです。そして、「わたしは確信しています・・神の愛からわたしたちを引き離すことはできないのです」(ローマ8:38)災いの日にも、恐れの時にも神さまの愛の中に包んでいてくれるのです。


2、希望を持ち続けよう
希望は、苦難と思える中から生まれます。諦めたくなることから祈りが生まれ、絶望と思えるところから信仰が生まれます。良いものは、暗闇のトンネルを通り、練られて輝き、揺るがないものになるのです。希望は、私たちの人生を豊かな喜びで満たすものです。どんなに大変な中にあっても、この希望を持ち続けるなからば、海の中にも道は開かれ、試練の中にも逃れの道は用意されるのです。「災いの計画ではなくて、将来と希望を与える計画」(エレミヤ29:11)であることを知り、「この希望が失望に終わることはありません。」(ローマ5:5)という約束を手にしているのです。


3、誇りを持ち続けよう
目に見える良いことを誇りとしてもそれは形を変えてしまうことがであるでしょう。弱さを誇る時、自分のそのままの姿を誇りと思う時、神さまの力強さが見事にあらわされます。たくさんのお祈りの課題を抱えることがあります。自分にとって試練となること、思い通りにならないことがあります。それでも「私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中で完全にあらわれるのだ・・大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう・・私は、弱い時にこそ強いからです。」(第二コリント12:9−10)強さは誇れなくても、弱さなら今日神さまにあって誇ることができます。その中に神さまは力強く働いてくださるのです。


神さまの家の子として今日歩みましょう。安心して、委ねて、すべてから守られますように。
 

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7月21日 天使が舞い降りる時

おはようございます。
神さまの栄光は全地に満ちています。


☆今日の御言葉 詩篇91編11節
『主はその使いたちに命じて、あなたのすべての道を守られる。彼らはあなたを両手で支え、足が石に当たらないようにする。』


エンジェル(天使)のロゴマークで有名な森永製菓という会社があります。森永製菓の創業者、森永太一郎さんはクリスチャンで、祈りを込めてこのロゴマークをデザインされたそうです。森永太一郎さんは、24歳で陶器を売るために渡米した時に、公園で子どもが捨てたミルクキャラメルの包み紙を拾います。そこから人生が変えられました。このキャラメルを日本でも売りたいと思い、クリスチャン夫婦のもとで製菓技術を学ぶようになりました。


一枚の包み紙がその人生の方向性を変えました。神さまは、今も生きおられるお方です。私たちに慰めを、守りを、人生の方向性を示すために、天の使いに命じてどのような道にあっても助けようとしてくださっているのです。


聖書を見ると、天使(御使い)が舞い降りる時がありました。その時「あなたのすべての道を守られる」という約束の言葉を実際の生活の中で経験するのです。


私たちはどのような道を今日歩いているでしょうか。その中でどのように守られるのでしょうか。


・嫉妬心や憎しみや高慢から守られる
否定的な感情の動きは、心の痛み、忙しさや心配を詰め込み、混乱していることから生じます。決して、人間性や性格に関係していることではありません。シンプルにすることで、神さまにすべてを委ねることで、あらゆる混乱や人間関係の歪みから守られます。ただ一つことを静まり思い巡らします。・・「神さまにとってわたしは、喜びの存在です。愛されていて、祝福されています。天の使いは、いつでも神さまの愛のみことばを語りかけていてくださっています。「恐れるな。私があなたを贖った。私はあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの」(イザヤ書43:1)


・仕事上の道で守られる
神さまは、今日の歩みの中で必要な知恵、力を与えてくださいます。迷う時、自分の力ではどうすることもできないと思う時、神さまの助けは豊かに与えられます。成果や積み上げた功績、目に見える結果だけがすべてではありません。忠実であること、できることで精一杯イエスさまに仕えるように生きること、明日のことを思い煩うことから自由になる時、自分の手の業を祝福してくださる天の使いの励ましを感じるのです。「明日のことを思い煩ってはならない。明日ことは明日自らが思い煩う。その日の労苦は、その日だけで十分である。」(マタイ6:34)


・人づきあいの道で守られる。
人と人が出会う時、良いこともありますが、試練となること、重荷となることがあります。神さまはどのように私たちを守ってくださるのでしょうか。神の国は、「あなたがたの中にある」(ルカ17:21)とイエスさまは語られました。人と人が出会う時、生身の人間同士、互いに違う人間同士が、真正面から向き合えば互いに傷つくことがあります。神の国には平和と愛があります。わたしの中の神の国を全面に出します。そうすると不思議なことに他の人の神の国も見るようになるのです。


・犠牲や苦しみの道でも守られる
苦しみや労苦の中にある時、その人に助けが必要なことを神さまはよく知っていてくださっています。そして、労苦は決して無駄にならないこと(第一コリント15:58)、助けは天地をつくられた主のもとから来ること(詩篇121:1)を実際の歩みの中で経験させてくださるのです。私たちは、決して一人ではありません。涙の時、自分の力が尽きてしまうような時、神さまが使いを遣わし守ってくださることを知るのです。


今日は、神さまが両手で支えて、苦しみの道で足が石に当たらないように守ってくださっています。

 

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7月20日 神さまとつながる光回線

おはようございます。
自由と喜びと愛は、誰にも奪うことができません。


☆今日の御言葉 ヨハネによる福音書17章23節
『私が彼らの内におり、あなたが私の内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたが私をお遣わしなったこと、また、私を愛されたように、彼らをも愛されたことを、世が知るようになります。』


今は、インターネットでいろいろなことができる時代です。ワイヤレスのネットワークがあれば、離れていてもすぐに人とつながり、あらゆる情報にアクセスすることができます。人と人との距離が非常に近くなりました。何かを知りたいと思えば、すぐに知識を得ることができます。


宗教のもともとの意味は、ラテン語の「religioー結びつける」という言葉からきています。良い行いや、正しい人間になること以上に、神さまと私たちが深く、そして豊かに結ばれるのです。そこに人の幸せ、喜び、平安があります。


聖書をみると、神さまと人とのつながりについての意味をより深く知ることができます。神の国のネットワークは、世界が誕生した時から構築されていました。


「光あれ」(創世記1章1節)と神さまは、光回線をつなげてくださったのです。人は、その光回線よりも、自分の知恵で何でもすることを選びました。善悪の知識の木の実を食べてから、神さまと人との回線がつながりにくくなりました。「神である主は人に声をかけて言われた。「どこにいるのか」(創世記1章9節)、この不具合は突然おこりました。そして、修復することもなく、人間はそのまま歩き出しました。

 

神さまは、ある人に光回線をつなげました。アブラハムに、モーセに、ダビデに、イザヤやエレミヤに・・、もう一度神さまにつながって力を得るように、癒しを得るように、大きな祝福を得るようにと招かれました。それでも人々は光の神さまにつながることを拒み続けるのです。


神さまは、人間との関係を修復し、改善(和解)するためにキリストの十字架をこの地に立てました。

だれでも、この十字架に近づくならば救われます。だれでも、神さまの愛ともう一度つながることができます。
あらゆる知恵、あらゆる恵み、あらゆる祝福に即時にアクセスできます。


今日のみことば「私が彼らの内におり・・。完全に一つになるためです。」イエスさまが私たちのうちに今日共にいてくださるのです。心に赦しの十字架、愛と救いの十字架を立ててくださったのです。


私たちのうちに神さまと私たちを結びつける十字架(光回線基地局)があるのです。そこからあらゆる人々が神さまとつながるようになります。私たちが神さまとつながればつながるほど、周りにいる人たちは、神さまの祝福、恵み、救いを知るようになります。


今日は神さまからの光が強く届いています。ここにつながりましょう。
きっと素晴らしい出来事を経験することでしょう。
 

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