海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

9月9日 幸せ時間を大切に

おはようございます。
お祈りしていることが少しでも良い方に導かれる日でありますように。


☆今日の御言葉 使徒言行録6章2−4節
『12人は弟子たち全員を呼び集めて言った。「私たちが、神の言葉をおろそかにして、食事の世話をするのは好ましくない。そこで、きょうだいたち、あなたがたの中から、霊と知恵に満ちた評判の良い人を7人探しなさい。彼らにその仕事を任せよう。私たちは、祈りの御言葉の奉仕に専念することにします。』


先日、上智大学の名誉教授であるアルフォンス・デーケン先生が天に召されたことがテレビでも放映されていました。カトリックの司祭として日本に来られて、「死生学―死に向き合うための学問」に取り組まれました。デーケン先生の書かれた文書の中でとても励まされる言葉があります。


ギリシャ語では時間をクロノスとカイロスの2つの言葉で表します。クロノスは物理的な時間の流れ、年月、日、分など量的な時間を意味します。カイロスとは一度だけ来る二度と来ない決定的な瞬間、かけがえのない質的な時間をさします。例えば、好きな人と一緒にゆっくりコーヒーを飲む2時間は長く感じません。逆に大雨の最中に傘なしで30分バスを待っている時間はものすごく長く感じます。私は、中年期、あるいは晩年期、このカイロスー質的時間について考えることをおすすめまします。」


質的時間とはどのようなときなのでしょうか。それは、私たちにとっての安らぎと充実と、幸せを感じられる時間です。何よりも私を愛し、今日を生かし、すべても守られる神さまを近くに感じられる時です。私たちは、日々たくさんの時をすごしています。大変な時もあり、向き合うことが困難な現実もあります。疲れたり、嫌になったりする時もあるでしょう。


でも、もし私たちが、カイロスー質的な時間の価値を知っているならば、日々いつでも訪れる量的時間ークロノスだけに翻弄されることなく、自分と神さまとの時間の中で豊かな心が与えられて過ごすことができるのです。


使徒言行録の時代の教会で、時間の配分に対しての問題が生じました。「その頃、弟子たちが増えてきて、ギリシャ語を話すユダヤ人からヘブライ語を話すユダヤ人に対して苦情が出た。日々の分配のことで、仲間のやもめたちが軽んじられているというのである。」(使徒言行録6:1)教会に人が増えてきて、あらゆる必要が生じていました。忙しくなり、走り回り、それでもすべての必要に答えることができませんでした。混沌としていたのです。


お弟子さんたちは、時間を整理しました。問題に慌てることなく、質的時間ーカイロス、量的時間ークロノスの価値を整えていったのです。


祈りとみことばの時間ーカイロス
一日の中でも、心のある部分には、いつでも祈りとみことばを待ち望みます。私たちは、神さまを求める存在です。心には、神さまの愛でしか満たされない部分があります。混乱していると思う時、疲れ果てて何もよいものがないと思ってしまう時、私たちは、量的時間の中で疲れているのかもしれません。その時には質的時間を優先します。立ち止まり、祈り、みことばから聞こえる慰めの言葉、励ましと力を感じるまで静まります。祈りとみことばを生活の中心に置きます。心が自由になり、事柄が整理され、今日するべきこと、知恵や豊かな導きが与えられるのです。


生活の時間ークロノス
多くの時間を私たちは、生活の時に使います。たくさんのやるべき事があります。長く訪れるこの時間をどのように過ごすことが良いのでしょうか。この生活の時間には、霊と知恵が必要です。霊とは、自分の思いを超えて、神さまの御心を祈り求める人の中に注がれる力です。知恵とは、イエスさまなら、この状況やこの課題の中で、何を一番大切にするだろうかという思いに導かれることです。その生活の時間は、ひとつひとつが決して空しい時ではなくて、かけがえのない神さまの恵みが現されることを経験する時にもなっていくのです。


私にとっての価値ある喜びの時間、幸せを感じる質的に非常に豊かなひと時を意識する一日でありますように。

 

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