海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

11月26日 神さまに近づく階段

おはようございます。
神さまの計画は災いではなくて将来と希望を与えるものです。


☆今日の御言葉 ヘブライ人への手紙10章22節
「心は清められて、良心のとがめはなくなり、体は清い水で洗われています。信頼しきって、真心から神に近づこうではありませんか。」


以前、教会で「レクティオ・ディビナ」という聖書の読み方をともに学びました。ラテン語で「聖なる読書」という意味があります。
聖書のみことばを深く、豊かに読むことを通して、日々の歩みの中で、神さまが共にいてくださることを実感するようになります。


私たちは、日々の生活のこと、誰かの言葉、起きている出来事に対処するため多くの時間を使い、心は乱れ、体は疲労してしまうことがあります。聖書の言葉を読んでも、なかなか心が整えられません。


レクティオ・ディビナを実践することを通して、神さまの愛を思い、憩い、静まり、階段を上がるようにして神さまに近づく経験をすることができます。


神さまに近づく4つの階段とも表現されています。


第一段階:読む(lectio)ー心は清められる

聖書の箇所を読みます。読みながら心にどのような思いが湧き上がってくるかをそのまま思い巡らします。分からないことでも、疑問に感じることでもいいのです。その聖書のみことばに登場する人の気持ちなども考えてみます。違和感や疑問に感じる事が、実は心の深いところにある自分自身の思いを神さまに繋げてくれるものにもなっていくのです。

Point・・解釈や理解ではなく、みことばに触れているだけで、心に清い泉が流れてきます。

 

第二段階:黙想(meditatio)ー咎めや責めはなくなる
神さまがこのみことばを通して、今の私に何を伝えようとしているのを祈ります。自分の心はどのように動かされているでしょうか。なぜ、今そのような感情になっているのでしょうか。神さまは、このみことばを通して、私がどのように生きることを望んでおられるのかを黙想します。
Point・・自分を咎めたり、相手を責めたり、心が動かされることがありますが、すべてを包んでいる神さまの愛をただ見つめます。


第三段階:祈り(oratio)ー清い水で洗われる
祈りは、神さまとの対話です。一方通行ではありません。私の願い、求め、思いが神さまにそのまま伝えられます。これには時間がかかるのです。人は心の深いところから自分の本当の求めを取り出すことに躊躇してしまう事があるからです。祈りの時間は、躊躇するその思いを取り除き、すべての心を見つめます。神さまはみことばを通して、実際の生活の出来事を通して、語りかけてくださるのです。神さまとの絆に集中し、生活のあらゆる場面でも神さまとの対話を続けます。
Point・・祈りの対話で心が洗われる時に、湧き上がる不思議な喜びや平安を感じるようになります。


第四段階:観想(contemplation)ー信頼と真心
観想というのは、神さまの前で憩うことです。心に神さまにある平安が与えられると、祈りが生まれます。「神さま、私の人生はあなたのものです。たとえ恐れが周りにあっても、みことばの中に安らぎます。心は神さまの愛で満たされます。暗闇も傷もそのままであなたは癒してくださるのです。すべてを委ねます。私が今日、なすべきことを教えてください。感謝と喜びを忘れることなく、この静まりのなかで今日をお守りください」私たちは神さまにある静寂のなかにいるのです。みことばが心に深く宿る瞬間です。
Point・・信頼はすべての心の傷を癒します。真心をもって神さまに近づき、神さまは圧倒的な力をもって私に近づかれるのです。


心の目を開いて歩みます。神さま、どうぞ導いてください。


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