海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

10月28日 素顔が一番

おはようございます。
心配はもう神さまの手の中にあります。


☆今日の御言葉 ヨハネ黙示録22章17節
『渇いている者は来るがよい。命の水が欲しい者は、価なしに飲むがよい。』


中学校の国語の教科書にも出てくる、すやまたけしさんの「素顔同盟」という短編小説があります。小説の中では、すべての人が笑顔の仮面をつけないと法律によって罰せられるという時代設定です。


怒りや悲しみ、喜びの感情でさえ、人間関係や社会に悪影響を及ぼすということで、その法案ができてしまいました。学校では先生も生徒もみな、この笑顔の仮面をかぶっていますから、争いや衝突は回避されたように思われました。しかし、主人公の少年は、自分の本当の気持ちをあらわすことのできない状況に空しさを感じていました。笑顔の下で心は渇いていきます。


ある日、市街地の自然公園に出かけた時に、一人の少女が、ゆっくりと仮面を外し、素顔になっていました。重大な法律違反です。そんな時にあるうわさが広がりました。「素顔同盟」という一団があり、川の上流の森で素顔で暮らしているということです。その場所に行くと、川から仮面が流れてきました。拾い上げるとその少女のものでした。少年は迷わず、素顔同盟に住む人々の場所に向かって行きました。


笑顔の下に、私たちは、様々な表情をもっています。ある人は悲しみ、ある人は傷ついたままです。その素顔を隠すように、渇いた心を抱えながら生きていることがあります。


エスさまは、私たちの笑顔の下の悲しみを知っていてくださるお方です。そして、「渇いている者は来るがよい」と優しく語りかけてくださるのです。私たちのそのままが豊かな神さまの愛に包まれます。心を癒し、私たちの内側をそのままで輝かせて、愛されていること、祝福された人であることを思い起こさせてくださるのです


渇きを潤す水があります。
その水は、私たちの今日の日を満たし、幸せにしてくれます。


・神さまは岩を打つ
「神が大岩を打つと、水がほとばしり、豊かな流れとなった。」(詩篇78:20)
私たちはたくさんの問題や課題を抱えて生きているものです。緊張をして、表情を硬くして生きています。心の底からまだ喜ぶことができずに、何ごともないかのような仮面をかぶって生きてしまうことがあります。神さまのもとに進みます。祈りの道に歩みます。神さまは、どんな大きな祈りの課題も、大岩を砕くように、恵みの出来事へと、祝福の出来事へと変えてくださるのです。


・生き返る
「川が流れて行く所ではどこでも、群がるすべての生き物は生き返り・・」(エゼキエル47:9)
心は渇くことがあります。心が渇くと、その渇望から苦々しい思いが出てきます。渇きから、怒りや恨みも出てきます。怒りや恨みは、人生を不幸だと決めつけ、生きていて何の良いこともないと思わせ、深い渇望へと導きます。みことばに触れていると、神さまの大きな川の流れが天から注がれることを経験するのです。

 


・永遠の命の喜び
「私が与える水を飲む者は決して渇かない。私が与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水が湧き出る。」(ヨハネによる福音書4:14)
私たちは、外側のことで、心の満たし求めることがあるかもしれません。幸せと思うこと、見える現実を良くすることで、心の満たしを求めていきます。しかし、それは一度限り、その時が終わればまた渇きがやってきます。本当の満たしは、私たちの心の中にあります。外側のことではなくて、内側から喜びの泉が湧き上がるのです。


素顔のままで、その姿が一番美しいのです。
 

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