海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

11月25日 祈り無くして歩めない

おはようございます。
思いは天に届いています。


☆今日の御言葉 イザヤ書55章1節
「さあ、渇いている者は皆、水のもとに来るがよい。金のない者は来るがよい。買って、食べよ。来て、金を払わず、代価も払わずに、ぶどう酒と乳を買え。」


クリスチャン経営者で宅急便で有名なヤマト運輸の創業者小倉昌男さんの人生が記されている「祈りと経営」という書物があります。


小倉さんは、経営者として成功しましたが、人知れずたくさんの苦労を抱えていました。葛藤しながら、それでも、自分に与えられた使命を社会のためにどのように生かすことができるかを求め続けた生涯です。晩年には、福祉事業に私財を投じました。家庭の問題を抱え、押し寄せる数々の苦難の中で、祈り無くしては歩むことのできない日々であったのだと思います。


私たちの生活の問題、自分の葛藤、社会の痛み、それらはすぐに良い方向に向かわないことがたくさんあります。祈り無くしては、今日生きることのできないような課題を神さまは、私たちににも与えられています。


イザヤ書が書かれた時代、人々はバビロンへの捕囚という苦しみの時を過ごしていました。苦難という荒野の道を歩いていました。今で言えば、生活の苦悩、離散された家族の問題、身体的な痛みを伴うものでした。


祈り無くしては生きることのできない時を過ごしたのです。
この苦難の中での祈りが、神さまと私たちを結びつけます。


祈りは私たちの人生に何を与えてくれるのでしょうか。


・渇きを癒してくださる
「渇いている者は皆、水のもとに来るがよい」
私たちは心が渇いてしまうものです。喉の渇きは、自覚することができても、心の渇きは、気づけないことがあります。心の渇きは、神さまの愛でしか満たすことができません。この神さまの愛は、みことばの中に豊かに語られています。湧き水の源泉から水を得るように、みことばを心に注ぎ続ける時に、心の渇きは満たされるのです。


・貧しさの中でも満たしてくださる
「金のないものは来るがよい。」
バビロン捕囚を経験したイスラエルの民は、すべてのものが奪われました。弱さ、貧しさの中に置かれたのです。それでも、生活の一つひとつの中で、神さまが憐れんでくださっているという出来事を経験することになります。この世界には、もちろん、労働の対価としての価値を手にして生きるものですが、それ以上に、祈りの中で、神さまが憐れみ、備え、不思議に与えられ、必要が満たされるようにしてくださる出来事があるのです。


・良いものを与えてくださる
「ぶどう酒と乳を買え」
ぶどう酒は、祝福です。乳は、神さまの優しさです。私たちの人生には見えるものの必要がたくさんあります。それだけではなくて、目には見えない必要があるのです。目に見えるものは移り変わっていきます。目には見えない恵みがあります。神さまは、私たちの人生に良きものを与え、楽しませ、揺るぎない愛とみことばで支えてくださるのです。


大切な今日の日が神さまの守りの中にありますように。
 

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