海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

10月14日 希望を抱く人の1日

おはようございます。
お疲れが癒されるようなことがありますように。


☆今日の御言葉 コリントの信徒への手紙第二 10章7節
『目の前の事柄を見なさい。自分はキリストのものだと確信している人がいるなら、その人は、自分と同じく私たちもキリストのものであることを、もう一度よく考えて見なさい。』


「さあ、みんなで劇をやろう」という本をある方からいただきました。聖書を題材とした劇の脚本が記されています。その中で、モロカイ島のダミアン神父の生涯を描き出した脚本があります。ダミアン神父は、ベルギー出身の宣教師で、ハワイ州モロカイ島に流され、隔離されたハンセン病患者のケアーのために、単身島に渡り、来る日も来る日も死んだ方を丁寧に葬り、病気で動けない人のために家をつくりました。


19世紀、モロカイ島には、1800人近い病人が無理やりに連れてこられ隔離され、だれもこの島には近づくことはありませんでした。ダミアンは、そこにいる人たちが病気を抱えていても、一人ひとりの尊厳が守られるように、家を作り、畑を作りました。初めは、だまって見ていた人たちが、ダミアンを手伝いはじめました。ダミアンの存在は病気を抱える人たちの気持ちを希望へと変えていったのです。


希望を伝える人の存在は、今の私たちの周りにも必要です。希望を抱く一人の存在は、一粒の種のように、地に蒔かれ、やがてその周りに喜びの実を結びます。


私たちは、神さまにあって希望の種のような存在です。土に蒔かれることは、決して心地の良いことばかりではありません。なぜこの人生を、どうしてこの状況を、重荷を背負わなければと思うこともあるかもしれません。暗闇の地に、悲しみの場所に、混沌している状況に、希望が必要なのです。そのために、私たちを種としてこの地に蒔いてくださっています。


コリントの教会の人たちは、神さまの賜物をたくさんいただいていました。神さまによって恵まれている人たちでした。しかし、自分が恵まれて、他のことについては寛容になれませんでした。自分たちだけで満足してしまい、もっと豊かで、広く、深い神さまの心を理解することができなくなっていました。


心は広げることができます。視線は、大きく遠くまで未来を見通すことができるようになります。


演劇をするように、今日はモロカイ島に行くダミアンの役のように歩みます。私たちは神さまにある希望を手にしています。その希望の種をまくようにと神さまは私たちをあらゆる場所で生かしてくださっています。難しいことも、労苦もあるかもしれません。それでも、「ここに希望を与えてください」と祈りつつ、「神さまの祝福を満たしてください」と願いつつ、希望を抱いて生きる人のように歩みます。


・希望を抱く人は、今起きていることを神さまの視点でみます。今はわからないことがありますが、神さまは、決して絶望と苦しみの結果を与えることはないのです。


・希望を抱く人は、自分の考えで何事も断定しません。私たちの思いを超えて、希望は必ず芽生え、実を結ぶのです。


・希望を抱く人は、豊かな心をもって、誰かのために自分のできることで、希望を伝える人生となっていくのです。


今日は役者さんのように希望を抱く人として1日を。

 

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