海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

8月24日 神さまの電話番号

おはようございます。
1日の終わりには「神さま、ありがとう」と言える日でありますように。


☆今日の御言葉 イザヤ書49章3−4節
『主は私に言われた。「あなたの僕、イスラエル。私はあなたの中で私の栄光を現す。」しかし、私は言った。「私はいたずらに労苦し、意味もなく、空しく力を使い果たしました。それでも、私の公正は主と共にあり、私の報酬は私の神と共にあります。』


今は、便利な時代になりました。教会でもZoomというアプリケーションを用いて、場所や状況は違っていても互いにつながることができます。人と人がつながる通信技術は変化していますが、神さまと私たちがより豊かに、いつでもつながり、電話をするようにコミュニケーションをとることができたらどうでしょうか。


旧約聖書の時代、神さまと直接つながり、お互い話し合い、思いを分かち合った人がいました。預言者イザヤという人です。イザヤ書をみると、神さまとイザヤとの話し合いのときが記されています。自分がどう生きるか、何をするのか、大切なことは何かを、見出していくのです。


電話やZoomではありませんが、直接神さまとその場所で繋がることが可能だったのです。そしてそれは、今もインターネットではなくて、聖書のみことばを通して、豊かに神さまとつながることができるのです。


さあ、一緒に、神さまに電話してみましょう。


電話番号は、「33−3」
「私を呼べ。私はあたなに答え、あなたの知らない隠された大いなることを告げ知らせる」(エレミヤ書33:3)
通話可能となりました。


神さまとの通話
何でも話して見ましょう・・イザヤは、神さまの預言者として使命をもっていましたが、不平のような気持ち、不満足な思いを抱えていました。神さまが「私の栄光を現す」(イザヤ49:3)と言っても、「私はいたずらに労苦に・・空しく力を使い果たしました・・」と語るのです。気持ちは萎えています。なぜなら、神さまの言葉を語り伝えても、あまりに過酷な現実の中に生きている人たちは、「主は私を見捨てられた。わが主はわたしを忘れた」(イザヤ49:11)とただ現実の苦しみだけを見ていたからです。何度言っても、世界が変わることも、状況が一変することもありませんでした。イザヤは消耗し、疲れていました。自分の労苦が空しいと思ったからです。


私たちは今日どうでしょうか。否定的な思い、疲れ切った心・・痛みを抱えることもあるかもしれません。すべてを包み込むように神さまはその心を知っていてくださっています。良い思いのときではなく、喜べない時こそ、神さまは私たちを待っていてくださっているのです。


希望は必ずあります。イザヤは、自分が何のために生まれたかを思い起こしました。「母の胎にいる時から、私をご自分の僕として形づくられた。」(イザヤ49:5)神さまの愛によって生かされている私たちです。無駄な人生はありません。報われない労苦はありません。神さまの深い計画の中で、一つひとつ神さまの大いなる業のために私たちを用いてくださっているのです。


イザヤは、再び力を取り戻しました。「主はこう言われる。私は恵みの時にあなたに応え、救いの日にあなたを助けた。私はあなたを守り、あなたの民の契約とし、地を再興して、荒れ果てた相続地を継がせよう。」(イザヤ49:8)今は、バビロンの支配によって祖国は荒れ果てていても、人々が真実を見ることができなくても、神さまはその地を愛し、傷ついた人々を癒し、回復させてくださるのです。


神さまの励ましの言葉、力強い言葉を聞きました。私たちの心は、みことばの恵みで満たされているのです。


通話は終了しました。


これからもエレミヤ書33:3で大丈夫です。「わたしを呼べ・・」と神さまは言われるのです。


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