海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

7月29日 必要な愛と不必要な恐れ

おはようございます。
神さまの守りと思えることが今日きっとありますよ。


☆今日の御言葉 ヨハネの手紙第一 4章18節
『愛には恐れがありません。完全な愛は、恐れを締め出します。」


日本に「愛」という本当の価値が伝えられたのは、キリスト教の宣教師によってだと言われています。16世紀ごろの日本では、「愛」という言葉に良いイメージをもっていませんでした。人間のもっている愛は、不確かなもので、欲深いもので、自己愛を連想させるものであったからです。


神さまの愛を伝えようと思った宣教師たちは、どのように聖書に示されている神さまの愛を伝えようかと悩みました。そこで使われた言葉が「大切」という意味の言葉を使ったと言われています。この「大切」という言葉を語り、神さまは「あなたを決して忘れない」「あなたを決して一人にしない」「あなたが苦しむ時、一緒に苦しむ」という表現で神さまの愛を伝えました。


聖書に示されているこの「神さまの愛」は、決して「ことば」ではありません。神さまの愛は生きているのです。あたたかく感じることのできるものです。力となるものです。勇気と希望、喜びの平安が心に宿る感覚を与えてくれるものです。愛は、神さまご自身であるからです。


今日、完全な愛を手にして歩ませんか?この愛は、私たちに深い心の喜びを与えてくれるものです。
その愛は、どのように実感できるでしょうか。


・共に苦しむ神さま
「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、痛みの人で、病を知っていた・・。」(イザヤ書53:3)私たちが神さまの愛を一番深く知ることのできる場所は苦難と悲しみの中です。助けられること、良いことが起きること、充実することによって、神さまが私を愛していると思うことは難しいことではありません。そのように神さまが私たちに良いものを与えてくださることがあります。


さらに深く神さまの愛を知る場所は、私の苦しみと一緒に苦しんでくださるイエスさまの姿を知る時です。裏切り、絶望、心と体の痛み、孤独・・イエスさまはそのすべてを経験されました。それは、私の苦しみを担い、ひとりで背負いきれないこの世の苦難を、共に負い、やがて共に神さまの光を味わい見ることを経験させてくださるのです。愛は、苦しみを通して、恐れの現実を通過して、イエスさまと共に、恵みの出来事へと導き、もはや恐れは、私たちを支配することがなくなるのです。


・これ以上ない大きな愛
「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はありません。」(ヨハネ15章13節)苦労することがありますか。誰かのために心痛めることがあります。自分が一生懸命がんばって、何かに尽くしても報われないと思うことがありますか。神さまは、私たち一人ひとりの心を見つめてくださり、労苦を知り、痛みを知り、あなたがしていること「これ以上に大きな愛はない」と言ってくださっています。手の業も、今日の行いも、誰かのために尽くすことも、すべて「大きな愛」なのです。イエスさまはその大きな愛のすべてを私たちのために与えてくださったのです。


恐れは、私たちの中から生じるものです。恐れに栄養をもう与えません。現実のことがら、自分の判断だけで生きようとすると、恐れは大きく育ち、私たちのこころを支配してしまいます。神さまの完全な愛を思い巡らします。どれほど私たちは愛されているか、共に苦しむ神さまが「大丈夫だよ」と語ってくださっています。今日の労苦も働きも手の業も大きな愛で包んでいてくださっています。


私たちの今日の歩みには、神さまの完全な愛が包んでいます。
恐れは全く必要ありません。


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