海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

8月3日 目に見えない神を見る心

おはようございます。
祈り求めたことはすでに神さまの手の中です。


☆今日の御言葉 ヨハネの手紙第一 1章7節
『神が光の中におられるように、私たちが光の中を歩むなら、互いに交わりをもち、御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。』


神さまは、私たちの目には見えない存在です。目には見えない存在をどのように知ることができるのでしょうか。私たちの感覚ではもしかすると、目に見えるものが真実で、目に見えないものは真実ではないと思ってしまうことがあります。それは、昔、創世記に記されている「善悪の知識の木」を食べてしまってから、知識思考が私たちを支配するようになりました。その横にあった「命の木」は、霊的思考によって生きる道ですが、人間はその道を選ぶことをしませんでした。(創世記2:9)


人間は、いつでも「善悪の知識の木」の実をとって、人生のすべての問題を解決しようとします。
そして、知識思考の中で問題を解決しようとしたり、神さまを見い出そうとしますが、それはとても難しいのです。


私たちの行動の根底にあること、何かを決断すること、考えることを霊的思考に変えて見ると、問題の解決が違う方法で私たちに与えられることを知ることができて、より深く神さまの愛を受けとめることができます。


どのように知識思考から→霊的思考に変えることができるでしょうか。


霊的思考に導く3つのステップ


光の中を歩む
人は、愛の中に歩む時に一番安心するのです。恐れや不安、痛みが押し寄せてしまうことがあります。その嵐のような出来事を自分の力で乗り越えよう、心の嵐を自分の力でがんばって静めようと思っても難しいのです。嵐をそのまま見つめます。ただ見るだけです。その嵐で自分の人生は台無しになるとか考えることをしません。私の存在は今光の中にあります。嵐があってもです・・。恐れに囲まれることがあってもです・・。イエスさまは光の中に包んでいてくださるのです。知識思考は、嵐の要因、それから起きる事柄を予測しますが、正確とは言えません。光の中にいる自分を見つめる時に、嵐をも正しく見つめ、自分の人生を前へ進ませることができるのです。


交わりのあたたかさ
神さまの存在はどのようにわかるでしょうか。それは、みことばを読み、心に神さまの愛がやさしく触れる時に、「神さまは共にいる」と思えます。これは知識によって到達したのではありません。私自身が霊的思考になっている証拠なのです。この経験、神さまの愛のあたたかさ、平安、どんな中にあってもふと湧き出てくる喜び、これを自分自身の中でみことばによって感じる時に、わたしたちはしだいにつくりかえられていきます。私たちだけではありません。霊的思考に導かれると、周りも環境も少しずつ変化していくのです。その時、「神さまは守ってくださった」と思えるのです。


自由と解放
私たちを苦しめているものがありました。それは私たち自身の姿です。驚くことかもしれませんが、人間が一番恐れているのは、自分自身なのです。恐れは、自分自身の中から湧き出てくる悪臭のようなものです。なぜ悪臭があるのでしょうか。このままでは愛されていないと思うからです。自分の責任でこのような状況になったと責めているからです。いつでもマイナスでネガテチィブに考えることによって、神さまの恵みから私たちは離れてしまいます。十字架のもとに行きましょう。今私たちにとって必要な言葉は、「あなたは赦された。安心して歩みなさい」というイエスさまのみことばです。霊的なともしびが心に宿ることになります。自由で、なんとも言えない解放感が今日の日を包み込むのです。


目に見えない神さまを心で見る人は美しいです。
 

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