海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

6月24日 聖書的クオリティ・オブ・ライフ

おはようございます。
今この瞬間、神さまに愛されています。


☆今日の御言葉 出エジプト記2章10節
『その子が大きくなると、母親はファラオの娘のところに連れて行った。その子はファラオの娘の息子となった。ファラオの娘はその子の名をモーセと名付けた。「私が彼を水から引き出したからです」と言った。』


「クオリティー・オブ・ライフ(QOL)」という言葉を聞いたことがあります。人が幸せに、人間らしく、自分らしく生きているかを示す「生活の質」をあらわす言葉です。


幸せになる道に歩いていく権利があります。愛される特権があります。心豊かに今日を生きる資格が一人ひとりに与えられているのです。誰にも奪うことはできません。


私たちが本当の意味でのクオリティー・オブ・ライフを見つけ出し、歩むことができたら幸せな日々を歩いていくことができます。

 

時に、私たちは、人生の充実、生活の質の向上とは正反対の出来事を経験することがあるかもしれません。


歴史に名を残したモーセは、その誕生の時から、クオリティー・オブ・ライフとは程遠い中に置かれました。
社会的にイスラエルの人々は、異国の地であるエジプトで重労働を課せられ、生活は追い詰められていました。そして、エジプトの王から「生まれた男の子は一人残らずナイル川に投げ込めめ・・」という残虐な命令が出されました。
人間らしさ、尊厳はすべて奪われています。命すらも危うい状態です。


状況や環境が決して望ましいものでなくても、わたしたちは神さまにあって人生の質を高め、喜びの中に歩むことができるのです。


聖書的クオリティー・オブ・ライブを考えてみました。


・慈しみの眼差しが注がれます
モーセは、過酷な環境の中に置かれました。それでも、モーセの生涯は聖書の中に記されています。私たちの人生も、書き記された文字としてではありませんが、聖書の中に置かれています。神さまが目を留めてくださっています。聖書の中に置かれているならば、自分の人生の悲しみ、嘆きがあっても、最善に導かれていくのです。十字架の道も栄光の道となり、モーセの生涯は、神さまの慈しみの眼差しで守られているのです。


・危機の中でも支えられます
小さな幼子は、パピルスの籠に入れられ、アスファルトと樹脂で防水され、ナイル川水草の中に隠されます。どのような危機や困難の中に置かれていても、そこには必ず神さまの備えと守りがあります。死の陰の谷を歩く時があります。どのような時にも神様は一緒に歩いてくださるのです。幼子のモーセは、無力で命の危険と隣り合わせでした。自分の力が一番弱くなると思う時、もうこれ以上の希望を見出すことができないと思えるところにこそ、優しく包む神さまのゆりかごのような備えを知るのです。


・圧倒的な守りと備えがあります
お姉さんが遠くからその子の身に何が起こるか見ていると、ファラオの娘が下りてきて、水草の茂みの籠を見つけました。
神さまの守りは、心の中でのことではありません。気持ちの持ち方の変化だけではありません。実際の生活の中で、不思議な導きを経験することがあるのです。たまたまとか偶然とか、そのような言葉を使うことがありますが、聖書の中にある神さまの真実をみると、わたしにとって、絶妙な時に、絶好のタイミングで神さまが助け支えてくださるのです。


・愛されて、育まれます
その子は、母親に引き取られ、乳を飲ませられました。
わたしたちは、誰もが愛を求めています。モーセは、家族の愛から引き離されましたが、再びその愛を経験することになります。神さまは、私たちの命を育むために、愛を示す人を備えてくださいます。一人で生きる道ではなくて、共に祈り、支え合う、真の家族のような関係を与えていてくださいます。神さまの愛に抱かれる経験を通して、そのままのわたしが豊かに育まれる経験を通して、生きる喜び、人生の価値は高くなるのです。


・救いの喜びが与えられます
そして、「水から引き出された子」を意味する「モーセ」と名付けられました。
モーセは、水から引き出された子でした。暗闇から光へと引き出された子でした。危険から平安へと導かれた子でした。死から命へと救われました。神さまは、わたしたちをも死という暗闇から救い出してくださるお方です。何よりも、人生の価値を豊かに感じることができるのです。救われ、愛され、導かれることが、どのような状況にあっても、喜ぶ力となるのです。


祝福の日でありますようにお祈りいたします。

 

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