海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

5月21日 食べると元気になるパン

おはようございます。
「そのままのあなた」であることが本当に素晴らしい


☆今日の御言葉 コリントの信徒への手紙第一 11章23ー24節
『主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りを献げてそれを裂き、言われました。「これは、あなたがたのための私の体である。私の記念としてこのように行いなさい。』


ある本にこのようなお話がありました。


「道端に、物乞いをしながら生活している人がいました。その人は、いつも木箱の上に座り、道行く人たちに手を差し出し、自分の必要を訴えていました。困っている状況を知ってもらい、そして助けを求めていたのです。ある人がそっと近づいて、「あなたがいつも座っている木箱の中を見たことがありますか?」物乞いの人は、首を振ります。自分が座っている木箱の中身には関心がなかったのですが、言われるままに木箱の中を開けてみました。そうすると、自分が求めていた以上の宝がたくさん詰め込まれていました。」


これは一つの例え話であったと思います。周りを見ながら、自分を満たしてくれるものを探し、状況や環境が本当の幸せを与えてくれるものだと思って生きてしまうことがあります。今日、私たちの内に与えられている素晴らしい宝、すでに私たちがもっている一人ひとりの輝きを見つめる時でありますように。


エスさまは、十字架にかかる前の日、パンを取り、それを裂き、一人ひとりに分け与えました。最も暗い夜です。最も悲しみの夜であり、動揺と不安に押しつぶされそうな時であったでしょう。この分け与えらたパンを受け取った人の心には、不信もありました。裏切りもありました。そして、神さまの御心から背く思いを抱く人もいたのです。


そのような中にあって命のパンは新しい時代の希望となりました。


一人ひとり大切に手渡された命のパンがあります。イエスさまご自身が与えられているのです。とても豊かで、確信に満ち、慈愛の眼差しで見ていてくださる方と共にいるのです。わたしたちの人生のすべてを知っていてくださるのです。喜びも、悲しみも痛みも心配も・・。


エスさまご自身を手で触れるように、見て確認するように生きていくことができます。


命のパンであるイエスさまを手に取る時、わたしたちの人生は希望に向かって動き出します。否定的なこと、自分の不幸、背きや不安、いつもそれを取り出して、見つめて生きていました。今日、豊かな命を手にします。そっと握りします。


命をパンを食べます。心で繰り返し、みことばを思い起こし、味わい続けます。いつでも、心から恐れを取り出そうとする自分がいたら、みことばを握り、思い起こし、自分自身に神さまからの愛のみことばを語りかけます。


私たち自身を祝福してくださる神さまを体験する時です。
神さまは、祝福をもっと私たち自身を見ていくださっています。


お弟子さんたちがこのパンを受け取った時は、十字架の前の夜、苦しく、心が痛み、後悔がありました。しかし、このパンは命でした。一人一人の心に希望と祝福をもたらす命でした。


たとえ、神さまの真実の愛に背を向けることがあったとしても、それによって、神さまの私たちへの信頼はゆらぐものではありません。どこまでも、いつまでも、私のうちに、毎日、毎瞬間、命のパンを与えて続けてくださるのです。


そして、いつでも、3日目の復活の朝に生きるように私たちを今日も励ましてくださっているのです。3日目の朝は祝福です。赦しと希望です。「あなたと共にいる」というみことばの命が宿っているのです。


この命を取り出しましょう。私たちは決して失望に向かって今日を生きているのではありません。
そっとわたしたちの内側を見つめてください。救いの輝きは与えられているのです。


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