海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

9月28日 心の疲れをとる方法

おはようございます。
神さまは祈りの答えとして最上のものを用意しています。


☆今日の御言葉 ヨハネによる福音書6章30節
『イエスは言われた。「私が命のパンである。私のもとに来る者は決して飢えることがなく、私は信じる者は決して渇くことがない。』


心の疲れは見えないものですが、一つのバロメーターは、不平や不満をいつも口にしてしまうということかもしれません。心の休息が必要です。心が疲れているだけですから、疲れがとれれば、愛と生きる喜びを感じることができます。


かつてエジプトで奴隷であったイスラエルの民の心は、不平と不満でいっぱいでした。モーセによって救い出され、荒れ野を旅していたとき、飢え渇き、非常に過酷な旅となったからです。イスラエルの民は、モーセに不満をぶつけました。


「あのときは肉の鍋の前に座り、パンを満ち足りるまで食べていたのに、あなたがたは私たちをこの荒れ野に導き出して、この全会衆を飢えで死なせようとしています。」(出エジプト記16:3)


神さまは、優しい方です。すぐにモーセに語りかけました。


「今、あなたがたのためにパンを天から降らせる。民は出て行って、毎日、一日分を集めなさい。」(4節)


天から降ってきたパンを「マナ」と呼びます。この「マナ」は、ヘブライ語で「マン・フ」(これは何だろう?)という意味があります。不平と不満を抱いて毎日生きていたイスラエルの民は、ある朝、あちらこちらに降り注ぐマナを見ました。とても不思議に思いました。「これは何だろう?」と言い合ったのです。


マナはどんな味だったのでしょうか。その味は、「蜜の入った薄焼きパンのような味がした」(出16:31)とあります。とても美味しいごちそうですね。


このマナは、人々に喜びを与えました。心も体も満たされ、甘い薄焼きパンを食べて幸せでした。喜びが溢れ、渇きは満たされました。このマナは、毎日与えられたのです。


私たちの生活にも、毎日「マナ」が与えらえています。みことばは命のパンです。みことばは生きていて、実際の私たちの生活の中にも、みことばの約束が実現していると思える出来事を見せてくれるのです。


エスさまが私たちに与えてくださっている恵みは、その時には、良いものには見えないこともあります。「これは何?」「どうして?」「なぜ?』という思いが出て来る出来事があります。


私たちが抱えている祈りの課題の多くのものは、神さまが与えてくださっているマナです。その課題は、やがて、蜜の入った薄焼きパンを食べるような美味しさ、幸せになります。神さまは、わたしの祈りを聞き、守ってくださったと思える出来事をたくさん与えてくださるのです。

 

毎日、このマナは降っています。「なんで?」という思うことを手にとりましょう。祈りで育みましょう。諦めずに信頼しましょう。祝福を信じていましょう。神さまのしてくださる出来事を待ち望むようにして歩みましょう。私たちは、それぞれのマナを手にしているのです。そのマナは、私たちの心を豊かに満たす出来事になるのです。


今日のマナを見つけましょう。渇いた心は、神さまの恵みで満たされます。
 

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