海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

5月7日 心の窓を開けてみると

おはようございます。
コロナの渦の中ではなく、神さまの只中に生きています。


☆今日の御言葉 ヨハネ20章29節
『私を見たから信じたのか。見ないで信じる人は、幸いである。』


わたしたちは、今、お部屋を換気したりして、風通しをよくしていると思います。私たちの内側はどうでしょうか。もしかしたら、現実の空気だけを取り入れて少し息苦しくなっているかもしれません。この先の見えない不安を感じながら、自分であれこれと考える時間も多くなっているでしょうか。今日は心の窓を開けて、みことばの恵みの風景を見てみましょう。神さまの愛という新鮮な風が吹いてきます。


心の窓をなかなか開くことができない人がいました。イエスさまのお弟子さんのトマスです。先が見えず、期待が裏切られ、イエスさまの十字架の意味と復活の希望を信じることができないでいました。それはとても辛いことです。トマスが心に神さまの恵みを信じることのできなかった3つの理由があります。それが心の窓にかたく鍵をかけていたのです。


1、こだわり・・イエスさまの十字架は、理解できないものでありました。人々はより豊かになること、生活に平和が訪れること、抑圧から解放され自由になることを求めている中では、十字架は、弱さの象徴であり、敗北の姿であり、死そのものでした。


「わたしは決して信じない」(ヨハネ20:25)その思いはトマス自身を生きにくくさせていました。「こだわり」から「みこころ」を静かに思い巡らします。自分のこだわりの窓を開け、神さまのみこころの吹く風を感じましょう。


2、不安・・不安とは、自分の立っている場所を見失うということから生じる心の思いです。トマスは、立ち位置を失いました。自分の足で立っているそのところは、圧政と苦しみの地に生きていると思っていました。


不安を取り除く、たった一つの方法があります。それは、周りを見すぎず、自分の足元を自分の人生という土台に立つことを諦め、みことばの土台に立つことです。非常に幅の狭い平均台の棒に立つように、不安定に感じるかもしれません。もとのいた自分の知恵や経験という土台の方が、広く、確実で歩きやすいのです。でもその道の先には人間の限界地点があるのです。


わたしたちは、今日語られるみことばの上に立ちます。それは、狭く、細く、(みことばメールのように・・)理解し難いことも多くあります^^;祈りの手でバランスをとります。心の姿勢を崩すことがあれば、みことばで整えます。そのように、少しずつ、一歩一歩、進む時、しだいにこの細くて、そして、実に豊かな道に慣れて来ることです。その道は天の御国へと続いているのです。


3、行き詰まり・・人生の歩みの中では、一度や二度、本当に行き詰まってしまうことを経験することがあるかもしれません。行き詰まる時、自分の信じてきた夢が奪われ、大きな絶望の壁が立ちはだかり、それをどう乗り越えていいのか分かりません。


トマスはそこで、イエスさまと出会いました。行き詰まり、自分の限界、そこは、恵みの神さまとの出会いの場所です。行き詰まりはなく、それは、曲がり角で見えなかっただけです。先に進んで、曲がり角に立てば今までは全く違う、恵みの世界が開かれ、新しい神さまの愛の風景を見せられて、必要を備えてくださる道に歩むのです。


心には3つの窓がありました。一つひとつ鍵を開けて、今日は新鮮な風を感じましょう。

 

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