海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

4月6日 宝は下にある

おはようございます。
天の窓は今日も開いています。


☆今日の御言葉 ペトロの手紙第一 5章6−7節
『神の力強い御手の下でへりくだりなさい。そうすれば、しかるべき時に神はあなたがたを高くしてくださいます。』


まっすぐな姿勢で歩くことに慣れています。少し目線を上にして、何かを見上げるように歩くと誇らしい気持ちにさせられます。階段を上るように順調に物事が運び、そこにこそ、人生の幸せがあると思って前進しています。しかし、突然、天気が変わるように、輝かしい太陽の光は厚い雲に覆われて、今まで登り調子であった幾つかのことが崩れ始め、かつての喜びや感動を忘れ、下へ下へと、思い通りに行かない道を歩くことがあります。


神さまを求めていますが、下へ下へといく道は果てしなく感じ、助けも信仰も祈りも天には届かず、空しく地に落ちるように思います。「なぜ、神さま」という切実な祈りに答えてくれるものはありません。


苦しみは、どの時からかは分かりませんが、悪いこととして、不幸なこととして、人間の価値を陥れることとして理解されてきました。十字架で傷ついたイエスさまは、そっと近づき、苦しみの意味、困難な状況の意味を教えてくださっているのです。


打ち砕かれるような苦しみ、締め付けられるような心、弱さを思いつつ、自分自身の尊厳が失われてしまうような時、十字架のイエスさまは、より近くに、より親密に、より豊かに、わたしたちと共にいてくださることを知るのです。


へりくだりの道、坂を下るような歩み、そこにこそ、神さまの大きな、豊かな、深い真実の愛に出会うのです。


苦しみの極みにこそ恵みを見出し、へりくだりの道の底に、宝があるのです。


そして、イエスさまはそっと手を引いて、恵みの高嶺へと引き上げてくださるのです。


下って終わりではありません。見ててください、信じていてください、やがて、今ままでみたことも、味わったこともないような感謝な出来事を神さまは見せてくださるのです。


思い煩いは神さまの手に、感謝は私たちの心に、今日を歩みましょう。


神さまは、わたしたちのことを心にかけていてくださっています。
空しくすべてを終わらせることは決してないのです。

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