海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

6月19日 苦しみは通過点、喜びは到達点

おはようございます。
雨の日ですね。心には、神さまの恵みの雨が注がれますように。


☆今日の御言葉 ヨハネによる福音書16章22節
『あなたがたにも、今は苦しみがある。しかし、私は再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。』


苦しみの時、イエスさまは近くに寄り添ってくださっています。誰にも理解されない心の痛みにも慰めはそば近くにあります。イエスさまは、十字架につけられる前に、死に向かう中で、人々に最後のメッセージを語りました。


今は苦しみがある・・しかし、その苦しみを通った先に、喜びが待っています。今まで味わったことのない喜び、この世で経験したものではない喜び、誰にも奪われない喜びがあるのです。


苦しみや悲しみは、人生の終着点ではありません。私たちの人生の行き着く場所ではありません。通過点であり、その道を通り過ぎ、やがて優しいイエスさまに出会います。


十字架を経験されたイエスさまです。すべての悲しみを知っていてくださっています。どんな困難な道にも共にいてくださっています。慰めは天からやってきます。生きる希望はみことばからいつでも備えられます。


「喜び」と聞くと、幸福感や楽しい気分、溢れるほどの歓喜の気持ちなどをイメージすると思いますが、それ以上のものです。感情的、感覚的な何かよりも深淵なもの、言葉で表現することが難しいのですが、信仰に通じるもの、平安の中にある落ち着いた喜び、すべてを受けとめている平安、イエスさまの死と復活に現された力、信仰に深く根ざした自信に満ちた喜びです。


今日、この喜びを体験してみましょう。


・喜びの土台となるものは、救いの希望です
私たちの安心の拠り所は、自分自身の力や功績ではありません。それらも価値があり必要なものですが、喜びの土台とはなりません。救いは、イエスさまによって与えられたものです。そのままのわたしを十字架の愛でゆるし、どのような場所にいても「共にいてくださる」安心の拠り所です。たとえ、神さまの愛から離れることがあっても、救いの土台は揺らぐことがありません。


・喜びを建て上げるのは、祈りです。
私の心は祈りで守られます。たくさんの恐れの風が吹いてきます。傷つける言葉が飛んできます。失望をもたらす状況を目のあたりにします。いつでも、どんな時にでも「神さま・・」と呼びかける時に、私の心を聖なる神さまの愛が包み込むのです。もし、土台がしっかりしても、雨ざらし、恐れの風のふくままでは、安心できません。祈りで自分の心を守るときに、私たちの存在の深いところに喜びと平安が宿るのです。


・喜びの内側にあるものは、祝福と信仰です
土台も据えられ、外側もしっかりと建てられました。そして、重要ななのは、内部です。喜びが豊かに育てられるのは、祝福と信仰です。いつでも、祝福を求めます。もし、わたしたちがどのような環境や状況でも、神さまが守り祝福してくださると知るならば、喜びの中に今日を歩むことができるのです。


この喜びは、人生の最後の時にまで唯一残される、神さまが与えてくださる宝物です。

 

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