海老名シオンの丘教会牧師によるバイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の牧師による みことばメール

5月26日 穏やかになる方法

おはようございます。

☆今日の御言葉 箴言15章15節

「心が朗らかなら、常に宴会にひとしい。」

今日、あなたは穏やかに、安らいだ気持ちで過ごすことができます。


広く、大きな空を思い巡らしてみてください。それがあなたの心だと想像してみてください。


大きな空は、あらゆる天気の変化に対応しています。雲が多い日も嵐の日もあります。それでも、空はすべてに抵抗せず、流れるままに受けとめています。


私たちも、大きな空のような心で生きることができます。何が起きても、神さまに愛されている深いあなたの存在意義には、何の影響も与えないのです。


嫌な出来事もあるでしょう。嵐のような恐れの時も、ただ流れるままにしておきます。傷つける言葉が、雷のように響いても、心に入れる必要はありません。

今日経験するあらゆる出来事に抵抗することも、もうダメと焦ることもしなくても大丈夫です。


大きな広い心は、寛容で、平安で、揺るがないものなのです。私たちもどのようなことにも、動じる必要はありません。


あなたの存在のままで、心朗らかに、今日を楽しみましょう。

きっと、良いことがありますよ。

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5月25日 私と人生の成長法則

おはようございます。

☆今日の御言葉 コリントの信徒への手紙二 3章7節

「大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です」

ユニクロの創業者、柳井正さんの著書に「1勝9敗ーユニクロも失敗ばかりだった」というものがあります。沢山の失敗と挫折を積み重ね、一つの成功を手にする経営のノウハウが記されています。


新しいことに挑戦すれば、非難されるでしょう。一生懸命であれば、つまずきもあるでしょう。それは人生をプラスにさせる力になります。

沢山失敗した人は、人生の宝を手にするのです。


良いことを期待して、種を蒔き、水を注ぐように、自分の夢と願いを育てます。失敗することを恐れないでください。失望することがあっても、そこから希望は生まれるのです。


言葉にならない祈りも聞かれています。水の上にパンを投げるような、空しいと思う仕事や手の業も無駄になることはありません。

1勝9敗でもいいのです。その1勝が人生の大きな喜びになるからです。


委ねて、祈り、大きな夢を抱き、今日を歩みます。時にはつまずき、倒れても大丈夫、あなたは神さまの愛で守られます。

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5月24日 一人ではありません

おはようございます。

☆今日の御言葉 申命記31章6節

「主はあなたを置き去りにすることも、見捨てることもない。」

 

私が、生まれて初めて英語というものを知ったのは「You are never alone(あなたはひとりではない)」という言葉でした。


小学生の頃、母親と一緒に電車に乗ろうとしていた時に、母の手を離し、キョロキョロと周りを見ていました。電車が来て、母親が乗り、私は乗るタイミングを逃し、電車のドアが締り、一人駅のホームに取り残されてしまったのです。


ただ立ちすくむ私に、優しいアメリカ人の青年が近づき、泣いている私を励ましてくれました。その時は何を言っているのか分かりませんでしたが、後から心の記憶に、この言葉がずっと残っていることに気づきました。


「You are never alone」あなたはひとりではない!


寂しいと思う時、自分の存在を空しく感じる時、あなたの深い心に、神さまが優しく語りかけてくださっています。わたしは、あなたを置き去りにすることも、見捨てることもない!と。


あなたの存在の近くに、あたたかい神さまの愛があります。

 

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5月23日 心のトゲを抜く

おはようございます。

☆今日の御言葉 コリントの信徒への手紙第一15章54−55節

「死は勝利に飲み込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前の棘はどこにあるのか。」

 

お坊さんから牧師になった人のお話を聞きました。


仏教では「一の矢は受けても、二の矢は受けない」という教えがあるそうです。一の矢は、実際に経験する病気、苦悩、災いと思える出来事です。二の矢は、その出来事を判断する否定的な感情です。そこに苦しみが生まれるという教えです。

しかし聖書が語るのは、たとえ二の矢を受けても、大丈夫というお話でした。


私たちは、ある時、自分自身を傷つけてしまうことがあります。自分が弱いから、力が乏しいから、不幸だからと、実際に起きた事の上に幾つもの矢を放って、さらに悩み深くしてしまいます。

心のトゲは私を蝕み、死に向かわせてしまいます。


エスさまは、傷ついたあなたをそのまま見つめてくださっています。涙をもって私のトゲを抜き、その手は傷つきますが、十字架に向かい、死に勝利しました。


あなたはもう、傷ついた空しい人ではありません。愛されている尊い人なのです。

 

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5月22日 少しも恐れるな

おはようございます。

☆今日の御言葉 マタイによる福音書13章31−32節

「天の国はからし種に似ている…どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」

 

北アイルランド生まれの宣教師エミー・カー・マイケルは、55年間インドで奴隷として売られてしまう少女たちを救済する働きをしました。その中で、ミモザという一人の女性と出会います。


ミモザは、神さまを信じて、豊かな心の平安を経験します。貧しく、家族からも虐げられていた女性です。心に宿った神さまの愛はその心の内に輝き続けました。


エミー・カー・マイケルの著書「ミモザ」には、このように記されています。


「少しも恐れるな。あなたの手の届かないところ、あなたの愛の及ばないところにも神の御手は届き、神の愛は助けることができる。それなのに、なぜ恐れるのか」

苦難は信仰を成長させる肥料となるでしょう。恐れの嵐は、神さまとあなたのつながりを強くするでしょう。

環境や立場があなたを不幸にすることはありません。神さまの愛に守られています。


少しも恐れなくて大丈夫です。

 

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5月21日 神は死んだのか

おはようございます。

☆今日の御言葉 ルカによる福音書20章38節

「すべての人は神によって生きるからである。」

 

「神は死んだ!」と語り、19世紀のキリスト教を基盤としたヨーロッパの価値観を根底から覆そうとしたニーチェという有名な哲学者がいます。ニーチェは、哲学的思想を極め尽くし、神への信仰を否定しました。


しかし、どうしても哲学によっては論破できない部分がありました。ニーチェはある書物でその葛藤をこのように記しています。


「神は死んだ。しかし、おそらくなお何千年にもわたって、人々が神の影を指さすいくつもの洞窟があるだろう。 そして我々は我々は、神の影にまで勝利しなければならないのだ…」

人間の知恵を尽くしても、この世界に存在する神の影、人々が指し示す神の影は否定できないと思ったのです。

光を拒絶しましたが、洞窟のような暗い場所でも、足元にある影は消すことができないのです。


神さまは、決してあなたから離れることのないお方です。光を拒絶してもいい、影しか見えなくてもいい「わたしはあなたと共にいる」と、歩む足の近くに、神がいるのです。


神は生きています!

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5月20日 予想外が面白い

おはようございます。

☆今日の御言葉 ルカによる福音書4章18節

「主が私を遣わされたのは…打ちひしがれている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである。」

 

「小枝に縛られたゾウ」という本があります。インドでは ゾウに服従を教えるために、子どものうちに頑丈な木に足を縛り付けておきます。小さなゾウは「何をしても逃げられない」と思い込むようになります。成長したゾウは、力が強くなっても、小枝につないでおけば、決して逃げないそうです。


人間も、沢山の思い込みをしてしまうことがあります。自分の能力、才能、可能性が豊かであるのに、自分にはできない、愛される資格がない、生きる望みがない、と思い込んでしまいます。

丈夫な木につながれているように「所詮、自分はこんなもの」に縛られてしまうのです。


でも、本当はそうではありません。あなたには素晴らしい可能性があります。小枝から自由になる、力と才能があるのです。


人生には、予想外なことが起こります。私を用いて、自分の能力以上のことを、神さまはさせてくださるでしょう。

私の願いよりも遥かに素晴らしいことが用意されているのです。

 

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