海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

4月9日 I miss you〜寂しさと希望

おはようございます。
朝日が輝き、神さまが手を広げて守っているようです。


☆今日の御言葉 詩篇42編2−3節
『鹿が涸れ谷で水をあえぎ求めるように、神よ、私の魂はあなたをあえぎ求める。神に、生ける神に私の魂は渇く。いつ御前に出て、神の御顔を仰げるのか。』


私はフルマラソンを走る時があります。42.195キロは、とても長い距離です。マラソンの途中では、エネルギー源である体内の糖が枯渇して、毎回30キロ地点で、急に走れなくなります。


そこで、フルマラソンの前には、体内に十分にエレルギーを溜め込むための方法を実践したことがあります。その方法は、マラソンのレースの数週間前に糖質を摂らずにあえて枯渇させます。そのあとで、糖質を摂取するとそれまで以上に体内に糖質を溜め込むことができて、長い距離のレースを走りきることができるようになるのです。(カーボーローディングといいます)
体が強く変化していくことを体験しました。


ある時、私たちの心も渇きます。何に渇いているのか、どうしたら満たされるのかもわからないまま走り続けてしまう時があります。鹿が涸れ谷で水をあえぎ求めるように、満たされない気持ちをかかえながら生きることは、どんなに辛いでしょうか。涙が流れるでしょう。その涙はやがて天の皮袋に溜められて、恵みの雨となって、心を潤す泉となって、注がれます。


今は、忍耐の時があるかもしれません。しかし、この忍耐の時は、わたしたちが神さまの限りない恵みが注がれるために、心の皮袋を広げているのです。その皮袋の中には、今何もなく、さみしく、渇き、満たされない思いがあるかもしれません。目に見えるものは、この世のもので満たそうとするかもしれません。しかし、またやがて、それらのものを、泡のように消えてしまうものです。


充実する人生も幸せです。何かに満ちていることも喜びです。しかし、空っぽになることは恵みに溢れさせてくださる神さまを知る時であり、渇くことは神さまを信じる思いが新たにされる時であり、悲しみの祈りは、限りない希望を溢れさせてくださるのです。


魂が飢え乾くことは、私たちの内面を変化させ、さらに強く、恵みによって喜ぶための備えなのです。


神さまを求めつつ、飢え渇きましょう。空っぽのままでいましょう。
無理に前進するよりも立ち止まり、神さまとの豊かな時を過ごしましょう。


あと少しです。永遠の神さまの時間から今を見れば、今の渇きは一瞬で、天の祝福は満ち溢れるのです。

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