海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

12月20日 小さな手のクリスマス

おはようございます。
優しさが心をあたたかくします。


☆今日の御言葉 マタイによる福音書1章21節

「マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」


クリスマス(Christmas)の意味は、Christがキリスト、masが礼拝を意味し、「キリストの礼拝」となります。教会では、今日クリスマス礼拝が行われます。


幼子として生まれたイエスさまです。神の子でありながら、小さな姿となってこの世界に来られました。「小さな手」という素敵なクリスマスの賛美があります。 https://youtu.be/XNnziS93ypI


このような歌詞です。


「ひときわ輝く、星のひかりが、小さな馬屋を照らした。
冷たい風、心まで貫く、この世界に、罪の重さを知った私は、心震わせて、向かった。


小さな灯りともる、あなたのいるその部屋へ。あなたは今この中に飼い葉桶で眠っている。そっと触れた小さな手は、私のため傷つくことを知ってるのにやさしく握り返した。私に微笑みながら」

 

エスさまの小さな手があります。幼子として生まれたイエスさまの手は、私のすべてを優しく包んでいます。幼子のような姿のイエスさまの前では、だれもが無防備になります。緊張は解かれます。心には安らぎが訪れます。静かな日です。愛の溢れる日です。何も心配する必要はありません。プレッシャーの感じて自分を追い詰めなくていいのです。


このクリスマス、イエスさまの小さな手だけを見つめます。この手は、やがて大きな愛となって、十字架で傷をつけられます。それは分かっていました。私を救うため、私を癒すため、私を暗闇から救い出すために、イエスさまはお生まれになったのです。


クリスマスを意味する、キリストを礼拝するということの意味は、この小さな手に自分の手を差し出すことです。りっぱさや自分の強さを差し出す必要はありません。そのままで、傷ついたままで、弱いままでも、クリスマスは私が私でいて愛されていることを知る日です。だれもが救いへと招かれています。だれもが希望を手にすることができます。


私たちが普段使う西暦は、イエスさまの誕生以前(A.D)と誕生以後(B.C)と区切られています。この時から何かが変わりました。世界のあり方、神さまと人との関係、生きること死ぬことの意味が大きく変化したのです。


私たちは、この世では苦しみを経験したり、悩みを抱えたりします。それでも、私たちは、もう暗闇や失望や死に向かって生きる歩みは終わりました。自分の力で葛藤を抱え、問題を解決しようと自分の力だけに固執することをしません。


神さまは希望の扉を開いてくださいました。ここからは、神さまが働いてくださいます。私が弱くても力は与えられ、行き詰っても打ち倒されることはありません。どんなに深い悩みを抱えても、神さまの愛に触れることを通して、人生は回復できるのです。


キリストの時代を今生きています。救いの道に歩いています。
もう闇の時代は終わったのです。


光は今心に豊かに照らされているのです。


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