海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

12月15日 届いています、神様の声

おはようございます。
新しい朝、憂いは過ぎて、光が照らされています。


☆今日の御言葉 ヘブライ人への手紙7章25節
「それで、ご自分を通して神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。この方は常に生きていて、彼らのために執り成しておられるからです。」


神さまの声があるとしたら、どのような響きなのでしょうか。体の耳は、世の中の声をたくさん聞いています。良い情報もあれば、人の言葉で傷つくこともあります。


耳から入る情報や言葉は、私という存在の根底に満ちていて、人格や思想を形成しています。その根底に満ちている思いや考えは、試練や困難の時があると、動揺や存在不安に変わってしまうことがあります。


何を聞いて、何を心に満たし生きるかはとても大切なことです。


実は、体にある耳ではなくて、心にも耳があります。心の耳は、神さまと私を結びつける、祈りの心です。人間はだれでも、何かに祈りたい、求めたい、自分以外の崇高な存在を求める思いを持っています。


心の耳は、静かな声を待っています。真実な声を聞きたいと願っています。神さまは、その私たちの心の耳に語りかけます。「恐ることはない」と毎日語られるのです。


心の声でみことば聞く時に、私の存在は、神さまの愛に守られていることを知ることができます。闇の中にも光が照らされ、恐れの中にも信仰は輝き、力と備えは神さまが与えてくださることを求め続けるようになります。


ゆっくりと静まり、神さまのささやくような小さな声を聞きましょう。あなたは祝福の人です。今日の日は、困難があっても神さまの愛と守りは満ちています。


手に握っている恐れや不安は、自分で抱えずに横に置きます。


神さまの御声が届いています。そのままで耳を傾ける時に、希望はやがて実を結ぶことを知ることができます。


・神さまの愛に招かれています
心の耳を開いて聞いてみてください。私たちは、愛されている存在です。虚しさを経験したでしょうか、落ち込ませる言葉を聞き続けてきたでしょうか。弱い者だと、足りない者だと思ってしまっているでしょうか。そうは真実ではありません。ただの体の耳で聞いてきた情報や言葉なのです。私たちの存在の根底にあるのは神さまの愛なのです。


・あなたは救われます
エスさまは、手を左右に縛られて十字架につけられました。それは、大きな手を広げて、私たちを救いへと招く神さまの愛の姿です。この救いの道に歩くことができます。何も背負いこまなくていいのです。心配の代わり信仰の杖を持ちます。一歩一歩、支えられます。一日一日、必要なものは備えられます。労苦もありますが、神さまの救いに通じる祝福の道を歩いているのです。


・Stand by me ー 共にいる
一人で歩く道には寂しさがありますが、救いの道には、神さまの愛の温もりがあります。イエスさまが一緒に歩いてくださるからです。自分でどうすることもできない問題を抱えることがあるでしょうか。自分自身だけを見つめる人生から視点を離し、共に歩いてくださるイエスさまを見つめます。私の心をすべて知り、いつでも助けてくださるのです。


・祈られている幸い
お祈りは、私(人)が神さまに向かって祈るということだけではありません。イエスさまが私たちのために祈ってくださっているのです。悲しみが深く、祈れない時があります。希望を抱けないことがあります。現実の困難に直面し生きる力を失います。そっと寄り添い、とりなし祈られているのです。祈られている人は、その現実の中に神さまの業を見るようになります。自分の力が弱くても、力強い守りの出来事を経験するようになるのです。


神さまの声で私の今日は祝福に包まれます。
 

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