海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

11月17日 悲しみよ、ありがとう

おはようございます。
小さな幸せを一つひとつ感謝できるようにしてください。


☆第二テサロニケ1章7節
『苦しめられているあなたがたには、私たちと共にやすらぎをもって報いてくださるのが、神には正しいことなのです。』


瞬きの詩人と呼ばれている、水野源三さんの詩集「悲しみよ、ありがとう」という本があります。1946年、水野さんが小学4年生のときに、町で集団赤痢がはやり、1ヶ月足らずの間に286人もの人々が感染しました。水野さんも感染してしまい、高熱が続き、回復しましたが、脳性麻痺をおこし、話すことも書くこともできず、体の自由を全く奪われてしまいます。


そのような時に、聖書と出会いました。自分では聖書がめくれないので、おかあさんがページをめくってくれました。聖書を読むうちに、驚きと喜びが溢れてきます。悩み苦しむ人を愛してくださる神さまがいること、イエスさまが私の罪を取り除くために十字架で死に、三日目に復活されたことを読んで、希望と慰めが与えられたのです。


水野さんは18歳の頃から、神さまへの感謝を詩に書き始めました。お母さんが、「あいうえお」の50音を発音する中で、まばたきでその文字を示し、お母さんが書き留めていきました。


悲しみよ、という詩があります。
「悲しみよ、悲しみよ、本当にありがとう。おまえが来なかったら、つらくなかったら、わたしは今どうなっていたか、
悲しみよ、悲しみよ、おまえが私を、この世にはない大きな喜びが変わらない平安がある主イエスさまのみもとにつれて来てくれたのだ。」


悲しみや苦しみ、心を痛めた出来事が、私たちの心を重くさせてしまうことがあります。悲しみや苦しみは、心に決して消えることのない傷のようであるかもしれません。どんなに辛かったでしょうか。どんなに大変だったでしょうか。それでも、今日悲しみを抱いて生きて行きます。


もう、過去に戻ることも、やり直すこともできません。この悲しみと苦しみを癒すのは、神さまの「安らぎ」という力です。見える事柄の解決だけに集中していると、悲しみは増大し、別の苦々しい感情に変わってしまいます。


悲しみを経験した人が希望を抱く人に生まれ変わることができます。小さな命が母親の胎内に宿るように、ただ無力になって神さまの愛の中に留まります。あたたかい安らぎ、すべてを包み込む愛の中にいます。時間が必要です。安全で安心な時が必要です。何もしない時、急いで事柄の解決を求めなくていいのです。


暗闇の時に人は育てられます。悲しみの時にこそ、最も大切な必要なことを教えられます。それは、神さまがどんな時にも私たちと共にいて、苦しみの中にいる一人ひとりを愛し、安らぎをもって報いてくださるからです。この安らぎは、決して奪われることはないのです。


この安らぎが与えられた人は、希望を信じるようになります。たとえ、死の暗闇が私たちに迫ることがあっても、恐れることはありません。絶望が押し寄せても、道は開かれます。


やがて、新しく造られるのです。それは、単に空想ではありません。神さまの愛に育まれ、私たちの心に安らぎが与えられた時に、「ありがとう」が小さく、そして豊かに心に宿るのです。


今日は、安らぎが一日中、心を満たしていますようにお祈りします。
 

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