海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

11月10日 心の棘と癒し

おはようございます。
紅葉がきれいな季節、心が安らぎます。


☆今日の御言葉 ヨハネによる福音書8章31−32節
『私の言葉にとどまるならば、あなたがたは本当に私の弟子である。あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由する。」


このようなお話を聞きました。全身の痛みを感じている人がいました。その方は、お腹、背中、腕、足・・体のどこを触っても痛みを感じていました。心配になり病院に行きました。全身を検査しても、何の問題も見つかりませんでした。ただ一つだけ、問題がありました。それは、その人が指を怪我していたのです。だから・・指でどこを触っても、体が痛いと思ってしまっていたのです。


どこか一つが傷んでいると、全体に影響を及ぼすことがあるかもしれません。


私たちの人生ではどうでしょうか。何をみても良いことに思えなかったり、自分のどこを見ても価値あることとは思えず、心の痛みを感じることがあるかもしれません。どうにか良い方向へと、一生懸命何かに取り組んで問題を克服しようとしてますが、痛みはずっと私たちを支配しています。


それは、もしかしたら複雑なことではないかもしれません。
一つの痛みの原因を取り除けば、私たちを悩ます痛みは回復されていくのです。


私たちの中には、一つの棘があります。「罪(神さまを見失う)」という一つの棘があります。ずっと私の人生にありました。むなしい気持ちがいつも心を痛めていました。希望を信じることのできない寂しい思いが支配していました。


エスさまは、その心の棘を抜いてくださったのです。十字架という杭をもって、深く刺さっていた罪を取り除いてくださったのです。この問題が解決した時に、希望が見えてきました。神さまが今までもたくさんの恵みを与えてくださっていたことを知るようになりました。もちろん傷はまだあちらこちらにあっても、一番大きな暗闇の影響を与えていた罪はもう私たちを支配しないのです。


暗闇とむなしさの中に生きる世界から、みことばの豊かな慰めの歩みへと導かれます。


みことばにとどまるなら、私たちは癒されつづけ、心は少しずつ満たされ、力と励ましは尽きることがないのです。
聖書の中で「とどまる」という言葉は、「住む」という意味があります。

罪の棘が抜かれ、傷口は痛みますが、みことばの中に住むように歩みます。
その住まいは、私たちの慰めとなります。


「みことばの住まい」
・土台・・聞いたことを行ってみる

「雨が降り、川が溢れ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。」(マタイ7:25)
みことばを聞いた時、それを自分のできることの範囲で実践してみます。「感謝しよう」とみことばから語られた時に、たくさんの思いがありますが、感謝の種を蒔きます。大きく深呼吸しながら感謝をします。神さまを見続けながら感謝します。私たちの現実にあることが少しずつ変化していくでしょう。感謝の出来事へとなってゆくのです。


建物・・力を合わせて生きる
「私たちは神の協力者、あなたがたは神の畑、神の建物なのです。」(第一コリント3:9)
ひとりの力は弱くても、ともに力を合わせる時に、良き実りが与えられます。自分の弱さに失望することはありません。力が足りないところにこそ、神さまの力強い助けが与えられます。たとえ、問題が目の前に見えても、神さまとともにその問題の山は動かされることを日毎に経験することになるのです。


屋根・・希望を伝えよう

「私が暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを屋根の上で言い広めなさい。」(マタイ10:27)
暗闇の時に、悲しみの時に、みことばはどのように励ましになってでしょうか。みことばの喜びを屋根の上で伝えるように、だれかのために、言葉にならなくても、希望を信じて祈ることから一緒にはじめましょう。


神さまの大きな愛が今日の日を覆っています。一日守られますように。


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