おはようございます。
心と体の緊張を緩めて、今日を歩みます。
☆今日の御言葉 詩篇37編7節
『主の前に沈黙し、主を待ち望め。成功の道を行く者、謀(はかりごと)を遂げる者に怒りを燃やすな。怒りを解き、憤りを捨てよ。・・それはただ悪を行うに至る。』
ある牧師先生が紹介してくださった記事に目が留まりました。
〝「正義中毒」という言葉ある。脳科学者の中野信子氏は、人間が正義感をもとに他人に制裁を科すと、快楽物質「ドーパミン」が分泌されることを指摘しています。この快楽に溺れてしまうと、やがて極端に不寛容になり、他人を許さずに正義感から裁くことで快楽を得ようとし続けてしまう、正義中毒になるというわけである。〟
正義感は、とても大切なものでしょう。それでも、本当に大切な正義感は、そこに愛と寛容が含まれています。感情のコントロールは非常に難しいことがあります。でも、もし感情はコンロール可能であると言われたら、どう思うでしょうか。ある意識をもつだけで、感情の暴走を防ぐことができるのです。
私たちの視点を一つに集中させます。
それは、どこにいても、何をしていても、「今」という時だけを見つめます。過去も未来も見つめません。
神さまの前に沈黙し、待ち望みます。「祈りの深呼吸」ということを意識します。
深く息を吸って吐きながら、そのままで神さまの愛に包まれている自分の今の姿だけを思います。そうすると、自分の内のあらゆる感情が見えてきます。その感情を客観的みます。こう思ってしまうこと、あのように感じてしまうこと、それらを否定することをしません、神さまの愛の中でそれを感じてしまう自分をそのまま観察します。神さまは、私と一緒のテーブルに座り、心を聴いてくださっている、と思うのも良いかもしれません。今、一緒にいてくださる神さまだけに集中すると、恐れや憂いが小さくなっていくことに気づくと思います。
しだいに、心が静かになります。
荒れ狂う波のような感情が、静かで穏やかな海辺にいるような心になります。
それが本当の私の姿です。
祈りの深呼吸をする時に、心のチェックをしてみます。(時間がとれる時がありましたら・・)
・いつも何を見ると心が騒ぎますか。
・許せない感情が高まる時は、どのような状況が見えますか。
・自分の生きる意欲を失わせるものは、いつも何をしている時ですか。
・過去と未来といつもどちらのことを憂いたり、心配したりしますか。
この心のチェックは、決して否定的に向き合うことをしません。
裁いたり、苦々しい気持ちにならなくても大丈夫です。共におられる神さまから目を離しません。
神さまの豊かな愛は、私たちを包み込み、傷も悩みもよく知っていてくださるのです。
そして、私たちの心のすべての動きをみことばに書き換えます。
吸って、吐く息は、愛と喜びと平安です。
・愛に満たされ
「愛には恐れがありません。完全は愛は、恐れを締め出します。」(第一ヨハネ4:18)
注がれる神さまの愛は、私たちの今をいつでも包んでいるのです。
・喜びを抱き
「今までは、あなたがたがは私の名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうずれば与えられ、あなたがたは喜びに満たされる。」(ヨハネ16:24)
願いは天に届けられます。そして、私たちは祈りの答えを手にして喜ぶことができるのです。
・平安に歩みます
「イエスが真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。」(ヨハネ20:26)
イエスさまいつでも人生の真ん中に立ち、平和があるようにと語られます。心配も憂いも、この平安の中で小さくなっていくのです。
もう、小さな心の動きに惑わされることがありません。
憎しみや怒りや嫉妬が心の中心ではありません。
イエスさまの愛で、今日私たちは満たされているからです。