海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

9月15日 神さまの眼差し

おはようございます。
神さまの愛は、海のように深く、空のように広く私たちを包んでいます。


☆今日の御言葉 イザヤ書66章2節
『私が目を注ぐのは、苦しむ人、霊の打ち砕かれた人、私の言葉におののく人。』


この時期、毎朝のランニングで収穫間近の稲穂を目にします。「実るほど、頭を垂れる、稲穂かな」という有名なことわざがありますが、とても美しい田園風景が広がっています。もう一つ、稲穂ではなく、麦の穂というのもあります。麦の穂は、稲穂のように実を垂らすことをせず、まっすぐに空に向かって伸びています。「麦穂両岐」(ばくすいりょうき)という熟語がありますが、麦の穂は一本の茎が二股に別れ、しっかりと支え合うのでまっすぐに伸びることから、豊作のしるしとされているようです。


稲穂も麦穂も、ともに神さまにつくれれた美しく、豊かな人間の姿にもつながっているように思いました。
人生の実りに感謝して、頭を垂れ、神さまを礼拝するときがあり、しっかりと立つために共に祈りによって支え合って生きるときがあります。


太陽の光のような神さまの眼差しが注がれています。その愛の中で、人は豊かに育まれるのです。
神さまが、私たち一人ひとりの人生に目をとめてくださっています。その眼差しは豊かで、あたたかく、私たちのすべての包んでいるようです。


どのような場所から立ち上がることができます。何を経験していても、神さまの慰めは届けられます。どのような人に神さまは今日目を留めていてくださっているでしょうか。

 


・苦しむ人
苦しむ人は、深い人生を歩いている人です。その深さは、谷底に下っていくような辛さ、悲しみを抱えています。下へ下へ根を張っているような時間です。何も良いものが見えないかもしれません。祝福と思える実を見ることができないかもしれません。しかしやがて、苦しむ人は知るのです。心は神さまの愛で満ち溢れ、谷底にある宝を発見し、自分の思いや力を超えたところにある神さまの愛と平和と喜びの実が結ばれていくのです。


・霊の砕かれた人
新しいものにつくり変えられるときに、人は砕かれます。今までの常識、思い通りにいかないこと、自分の力の範囲を超えて神さまが私たちの人生に恵みを満たそうとするときに、私という器を砕かれ、もっと大きな、広くて深い器へと神さまの手によってつくられるのです。それは、私たちの思いを超えた大きな祝福の出来事を見るためです。自分を誇ることよりも、神さまを賛美して生きる道に歩ませてくださるのです。


・みことばにおののく人
危機や困難にあるとき、本当に大切なものだけが残されます。何が一番重要であったのかということを気づくことがあります。人間の力も成功も、健康も富も、それは最後まで残るものではありません。みことばは、弱さの中でこそ、力強く私たちの人生を支えてくれます。私たちの外側が衰えることがあっても、内側は輝き続けます。


神さまの眼差しが今日の私たちの人生を守っていてくれています。

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