海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

8月11日 聖書の世界を旅しましょう

おはようございます。
暑さのピークのような日です。こまめに水分補給してくださいね。


☆今日の御言葉 詩篇42編6節
『私の魂よ。なぜ打ち沈むのか。なぜうめくのか。神を待ち望め。私はなお、神をほめたたえる。「御顔こそ、わが救い」と。わが神よ。』


聖書の世界に今日はともに旅をしませんか。


子どものころに「トンデラハウスの大冒険」というアニメをテレビで見ていました。タイムマシンの実験中に、落雷のショックで時空移動ができる家となってしまい、その場所にいた主人公のゲンと子どもたちを乗せて新約聖書の1世紀の世界に行くという物語です。聖書の世界へと入っていき、そこでの冒険がはじまります。


今日、私たちも聖書の世界に入っていくようにみことばを思うことができたら、新鮮な神さまの恵みを感じることができるかもしれません。聖書の中にいる人々と出会い、その人たちが経験している神さまの恵みを手にしたいのです。


さあ、出発です。・・・たどり着いた場所は、イスラエルの荒れ野です。一人の旅人が、仲間とともに、エルサレムの神殿に向けて旅をしています。ユダヤの人たちは、毎年のエルサレムの巡礼を楽しみにしていました。それでも、旅をするのはとても大変でした。


イスラエルの荒れ野は、気温が高く、喉がすぐに渇いてしまうような所です。まだまだエルサレムまでは距離があります。過酷な旅となりました。それでも、木陰に入れば、爽やかな風を感じることができます。水筒の水が心も体も癒してくれます。エルサレムに行けば、神さまを礼拝する喜びに満たされます。それまでは、まだ忍耐がありますが、必要な助けも守りもあります。天を目指して歩む私たちの姿に重なります。


一人の旅人は、とても悩んでいるようです。私たちは、その人の傍にいます。話を聞くと、普段の生活ではとても苦悩があるようです。神さまをいつも感じることのできない状況の中で生きています。「おまえの神はどこにいるのか」と日夜、嘲って言う人が周りにいるのです。涙ばかりが日々と糧となりました。心が締め付けられるような悲しみを抱えていました。


聖書の中に私たちも立っています。その聖書の中に生きている人と同じように、ある時は心も魂も飢え渇く時があります。私の苦悩は、聖書の中に書かれています。私の悲しみは、聖書の人々も共に経験したものです。そして、その苦悩は、やがて溢れるほどの神さまの恵みに包まれます。その涙は、神さまを喜ぶ、美しい涙へと変えられていきます。


私たちは、一人ではありません。旅人は神さまを礼拝することの喜びを語りだしました。エルサレムで多くの人々と一緒に神さまを礼拝した時の喜びと感動は何にも変えがたいものだったのです。信じる力、委ねることのできる安心、共に神さを見上げて行きていくことの大きな喜びを経験しているのです。


この聖書に出てくる旅人とともに、私たちも天の故郷を目指して歩いています。この旅路の中にも、不思議なほどに喜びと感謝の歌声が響いているのです。神さまの愛に触れながら、心も魂も満たされていくのです。その道には、絶望はありません。難しい問題、自分の力ではどうすることもできない課題があったとしても、心を注ぎだして共に祈ろうと、旅人が私たちに呼びかけています。


一緒に祈りを告白します。
「しかし、私のたましいよ、気落ちするな。動転するな。神に期待せよ。神がすばらしいことをしてくださり、私はきっと賛嘆の声を上げるのだから。このお方こそ、私の命綱、私の神。」(詩篇42編11節 リビングバイブル)


・・・・現実に戻りました。聖書の旅はどうでしたか。皆、苦労はありますが、やがてその苦労を一つも思い起こすことのないような恵みを経験することになるのです。


今日1日、神さまの助けと守りがありますようにお祈りしています。
 

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