海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

6月9日 秘密のお話し

おはようございます。
心配すると信仰が見えなくなり、信じると心配が見えなくなります。


☆今日の御言葉 コリントの信徒への手紙第一 2章7節
『私たちが語るのは、隠された秘儀としての神の知恵であって、神が私たちに栄光を与えるために、世界の始まる前から定めておられたものです。』


私の悪い癖は、何かの商品を購入した時に、説明書を読まずに組み立てたり、使い始めてしまうことです。そのことによって、あとで困ったり、使い方を間違ってしまったりします。そのように人生のあらゆる問題の解決方法も、自分自身の中にある設計図で対処しようとします。


その設計図には、自分自身の思考パターンが描かれています。人の見方、考え方の癖などはっきりとしています。良く思われるために背伸びをしたり、自分を悲劇の主人公にしたり、悩み、苦悩している姿の方に自分を追い詰めてしますことがあります。人の評価の中での自分、苦しみの人、悩みの人、傷ついた人が私自身だと思ってしまうのです。ある時はその自分が愛おしく、心地よく思います。それはとても大切な私たちの人生の一瞬一瞬です。


時に、自分の設計図では対処できない問題に遭遇します。行き止まり、立ち止まり、自分自身を見失い、良いことを思うことができないことがあるのです。この状況ではマイナスの力が強く働くことがあります。


思考は対処できない問題の中で混乱し、正しく機能しなくなるのです。そして、悪い感情が心に溢れてしまいます。ずっと私の人生にはこのパーターンが繰り返し起きています。


神さまの知恵という説明書を手にしてみます。そこには「隠された秘儀」と書いてあります。「隠された秘儀」が私たちの人生で動き始める時に、ものの見方、問題の解決の仕方、生き方そのものが変化していくのです。その隠された秘儀とはどのようなものなのでしょうか。


1、見えること以上に豊かな世界を見る
「見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に存続するからです。」
(第二コリント4章18節)
見えるものによって生きる以上に、今は見えなくても、共にしてくださる神さまの豊かさの中に生かされていることをゆっくりと味わいます。私たちの思考パターンは、目に見えるものを良いことか悪いことかと判断していまいます。しかし、隠された秘儀を知っている人は、苦しみの中にあっても祈る心が与えられます。弱さの中にあっても、強く守り導いてくださる神さまの御手を知るようになるのです。不幸と決めつけなければ、その事柄は最善へと変化していくのです。

 

2、私ではなくイエスさま
「生きているのは、もはや私ではありません。キリストが私の内に生きておられるのです。」(ガラテヤ2章20節)
目に見える知恵の人生から、目に見えない隠された秘儀が、私たちの人生の中心に変わります。イエスさまの愛が心にあたたかく宿っていることを知るのです。このイエスさまの愛を知ると良い意味で自分自身から解放されます。悩み、痛みの中にとどまる私ではなくて、イエスさまの愛と平和が心に満ちている今とされます。


3、神さまの栄光を見る
「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」(ヨハネ9章3節)
原因を探して誰かを責め続けません。自分の人生を悲観的に見つめません。今がどのような時であっても、今までがどのように大変であっても、神さまはそのすべてを包み込み、神さまの業が現されることに変えてくださるのです。癒し、傷を包み、人生は良いよいものに導かれるのです。神さまの業が現されるのです。


4、低い心で高い道を歩く
「天が地よりも高いように、私の道はあなたがたの道よりも高く、私の思いはあなたがたの思いよりも高い。」(イザヤ書55:9)
神さまの知恵が現されると、とても深い苦しみの現実でさえ、私の人生を悩ます大きな問題ではなく、事柄の小さな一面にすぎないと感じるようになります。そして、今は、暗闇であっても、必ず夜が明けることを信じる人になっています。その人は見ることでしょう。限りない愛と人生の尊さを。生かされていることの喜び、感謝、心の平安という光が豊かに私たちを照らしているのです。

 

今日も祝福と平安に包まれていますように、お祈りしています。
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