海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

6月6日 神さまにはできる

おはようございます。
神さまの近くには平安と喜びが満ちています。


☆マルコによる福音書10章27節
『イエスは彼らを見つめて言われた。「人にはできないが、神にはできる。神にはなんでもできるからだ。」


深い湖の底には、揺るぎない静けさがあります。湖上では、季節の移り変わりの中で、嵐が吹いたり、雨が降ったり、寒さの中で雪が舞い散ることもあります。それでも、すべては水面上で起きていることで、湖の深いところでは、いつも平穏なのです。


神さまとともに歩む人生は、この湖全体の姿をイメージすることができます。決して揺れ動かない深い部分とわたしたちはつながっているのです。みことばは、神さまの愛の言葉として、いつでもその生活を覆い包んでいます。


わたしという小さな存在だけを見て生きてきた人生です。湖の深い部分に関心を寄せるよりも、湖の上でボートに乗っているように、人生を見つめていました。


ボートの上では、季節の変化、今起きている状況によって揺れ動き、悩まされ、ある時は他のボートとぶつかり傷つきます。ずっとボートの上にいると、人と競争したり、妬んだり、誰かを許せなかったりと、一日中、オールをもって一生懸命前へ前へと進もうと疲労困憊しています。もちろん釣りをするように楽しいこともたくさんあります。


静まって祈る時に、わたしはどこに居るのかと気づかされるのです。湖が人生だとするならば、その湖の上での出来事で、すべてを理解することができません。深淵とつながっているのです。


むしろ、見えることでの生活の慌ただしさから、ボートを降りて、湖に飛び込むようにして、深淵な存在である神さまとつながるときに、もっと豊かなで、静寂があり、決して揺らがない神さまの愛の深さの中に包まれて生きることができるです。


今日のみことばの前には、イエスさまとある金持ちの青年との語り合いがありました。この青年は、上手ににボートを漕ぐことができます。だれよりも能力があり、だれよりも意識が高く、賞賛と誉を手にしていました。ボートにはたくさんの富が積まれています。


しかし、「永遠の命を受け継ぐには何をしたらいいでしょうか」と問う青年に対し、イエスさまは語りかけました。「あなたに欠けているものが一つある。行って持っているものを売り払い、貧しい人々に与えなさい」(マルコ10:21)この言葉は、青年にとって辛く、難しいことでした。今までたくさんのものを人生のボートに詰め込んでいたからです。イエスさまはこのままではボートが沈んでしまうこと、空しさの中に置かれてしまうことを知っていたのです。


積荷を降ろしなさい、と語られたイエスさまです。ボートから私たち自身も降りて、深い湖の静寂を味わい、神さまを経験する永遠の豊かさの中に招かれているのです。深淵なる神さまの命のみことばとつながる時に、湖上での人生だけに固執することがなくなります。もっと深い神さまの愛に包まれて、わたしも揺るぎない平安をいただくことができるからです。


湖上では、人にできること、できないことが大きな価値をもたらします。
たまには、ボートに乗って人生を楽しむこともあります。
しかし、いつでも、深く生きる道を祈り求めています。
深い湖の中では「神には何でもできる」という優しい光がいつでも照らしているからです。


ボートから降りて、恵みの世界へと飛び込みます。


わたしたちの人生に新しい世界が開かれていくのです。

人にはできないが、神にはできる。神さまが共におられます。豊かな湖の中を泳ぎましょう。
深く深く、みことばの静寂に共に留まりましょう。


今日の日がすばらしい神さまの愛と平安の中で過ごせますように。
 

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