海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

6月2日 祈りのテーブル

おはようございます。
今朝は神さまの声が鳥のさえずりのように響いています。


☆今日の御言葉 エフェソの信徒への手紙1章11節
『キリストにあって私たちは、御心のままにすべてのことをなさる方のご計画に従って、前もって定められ、選び出されました。』


私という小さな存在に、大きな変革が訪れました。「キリストにあって」それは起こりました。大いなる存在が私たちに近づき、その手に愛と喜びと平安を溢れるほどに抱えて、私たちの人生に満たしてくださいました。新鮮なとりたてのフルーツの実のような祝福は、いつでも、どんな時でも、神さまが私たちに近づき、「恐れるな、わたしを信じなさい」と呼びかけて、揺るがない平安の中に守ってくれます。


しかし、もう一つ、わたしたちに近づくものがあります。それは、過去の痛みであり、自分自身が経験した苦々しい実です。食べれば、気分が悪くなるのはわかっていますが、いつでも、過去の憂いから、未来の心配から取り出して、それを食べようとしてしまうのです。苦く、後味は悪く、生かされていることの喜びが失われるようです。それでも、無意識のうちに痛みを取り出し、手にするのです。


「痛みの現実」を「喜びの真実」へとイエスさまは私たちの人生を変容してくださいます。それはどのように今日の私の生活に実現するでしょうか。
今日のみことばにある3つのみことばを思い巡らします。


1、御心(みこころ)が豊かであること
どのような暗闇の道にも光を照らしてくださり、痛みと傷が見えても、「大切な神の子」と、いつでも「本当のわたしの姿」を思い起こさせてくれます。この世に真実がないと、失望してしまうことがあっても、神さまの約束は決して変わらないことを教えてくれます。みこころは、私たちが祝福されることです。わたしたちが喜ぶことです。神さまを讃えて生きていくことです。みことばを味わい続けると、苦い実も神さまの恵みを味わうものにされていきます。


2、神さまの深淵な計画の中に「今」があること
エスさまは、わたしたちの心の目を開いてくださる方です。自分の道だけを見つめて生きていくと、神さまの守りに対して盲目になってしまいます。この世の限定的な状況だけを見て生きていくと、息苦しく人生はつまらないものになります。


エスさまと一緒に、心の目を開きます。最初は、何か形がはっきりとしない世界を見るでしょう。霧の中にいるように思ってしまうでしょう。心の目を開くことに慣れていませんでした。ずっと、この世をみて、見えるものですべてを判断していた私です。イエスさまが心の目を開いてくださる時、「わたしはあなたに計画をもっている。それは、災いの計画ではなくて、あなたに将来と希望を与える計画である」と静かに、そして確実にわたしたちの心に語られるのです。迷うことはありません。苦しみの先に、人間的な失望の先に、イエスさまが豊かな祝福の道を開いてくださっているのです。


3、選びの中に今日があること
神さまは、祈りの人を必要としています。祈りは、暗闇を光へと変える力です。たくさんの過去の痛みを祈りのテーブルにおきます。それは決して自分を責めるもの、自分の人生をむなしくさせたもの、として決めつけなくていいのです。ただ、それをイエスさまがおられる祈りのテーブルにおくだけです。それを見つめ続けて、自分で解決しようとしなくていいのです。ただイエスさまと一緒に見ているだけです。


エスさまは、大きな手でその一つひとつを手にとり、痛みを知ってくださり、癒されるように、信じるように、自分自身も誰かをも傷つけることのように守ってくれます。いつでも祈りのテーブルを広げましょう。何か困ったことがあったら、とても深刻な問題や葛藤が心に生じることがあったら、悲しみや失望に押しつぶされそうになったら、すぐに祈りのテーブルを行きます。そして、「イエスさま・・」と呼びかけ、席につきます。テーブルの上のあらゆるものを見て心配し恐れないでください。イエスさまは、一つひとつに手を置き、祈りを聞き、神さまが豊かにその問題に働いてくださる御手を見ることです。そして、祈りの人となって、誰かを支え励ます人とされるのです。


とても素敵な「支えとなる聖歌」という賛美歌があります。この賛美とともに、「祈りのテーブル」でイエスさまと過ごす恵みの一日でありますように。


支えとなる聖歌→ https://youtu.be/QhrolNbAXQo
 

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