海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

5月2日 祈りの答えを見つける方法

おはようございます。
誰かの期待を満たすだけの人生ではないようです。


☆今日の御言葉 ヤコブ4章2節
『熱望しても手に入れることができず、争ったり戦ったりします。得られないのは、求めないからです。』


深い海の底にものすごく価値のある真珠があるとします。この真珠を手にすることができたら、人生は変えられます。心の渇望は満たされ、周りが暗闇であっても、その手にある真珠はいつも輝き、周りを照らし、自分も家族も幸せに導いてくれるものです。


この世には価値あるものがたくさんあって、みな、それを獲得するために競争しています。疲れたと足を止めてしまうと非難され、弱さを告白するならば、蔑まれてしまいます。自分は自分でいいと言えば、この世のものすごいスピードに置いていかれ、空しくなります。もっと価値あるものを、もっと豊かさを、もっとスピードを、みなが本当の目的も見出せずに、走り疲れています。


あまり大きな声では言えませんが・・この真珠を手にしたら、そのようなことが非常に小さいことのように思えてしまいます。もう迷うことも、競争して疲れることも、だれかと比べて落ち込んだり、人の言葉によって憂いたり、この世に吹く風によって、本質的に心が揺れ動き、打ち倒されることはないのです。


ものすごい、大きな宝です。高価な真珠です。


どうやって手に入れますか。


真珠は隠されているのです。海の底にあるのです。深く深く沈まなくてはいけません。これが非常に難しいのです。高みに上ることの方が人々が求めていることかもしれません。自分が賞賛されるところにはすぐに行きたくなります。心地よい場所に留まりたいのです。自分の価値が誰かに承認されることで、自分の人生を立たせようとします。しかしこの求めはいつでも不満足と隣り合わせです。残念なことに、完璧に満たされることはないかもしれません。


自分を満たすだけの人生を潔くあきらめれば、不満足はなくなり、新しい道が開かれます。


深く、深く、沈み込んでいくような、人の目には見えない、誰にも評価されず、承認もされず、むしろ、侮られたり、さげすまれたり、祈って何になるのだろうかと自分でも思ってしまう道です。大丈夫です。周りがどうであっても、わたしたちの本当の価値は揺るぎません。


暗闇に囲まれるような痛ましい現実は、私たちを祈りの深みへと導くためです。
誰もが発見しなかった宝を探し、見出すようになる、特別に愛されている人です。


わたしたちは、誰の目にもとまらないところで祈ります。そして、その祈りの価値を知っているのです。闇に囲まれることがあっても、現実がよくならないと思っても、深く、深く、祈りの海の中に沈んでいる時なのです。底のない深みに沈みこんでいくような不安があるかもしれません。しかし、それは、神さまとの信頼の絆を確かにする大切な時間なのです。


祈ることを通して、わたしの感情は整理され、自分の欲を知り、それらのものを捨てて、さらに祈りの深みへと進んで行くのです。むなしい時間ではありません。むしろ、ものすごく尊く、豊かな真珠を手にするために、寂しい気持ちもかかえながら、深い祈りへと導かれます。


これはただ単なる例え話ではありません。深い問題の中でこそ、みことばの真実を見出すのです。大きな課題の中でこそ、自分の思いが砕かれ、それと同時に神さまの豊かな力が働き出すのです。


祈って求められないのは、自分のために何かを求めていると気づかされる時間が必要なのです。すぐに自分の祈りがかなえられないのは、自分の思いよりも、もっと深く豊かな神さまの栄光が現されることを経験するためなのです。


深海の底に沈むかのように、みことばの中に沈潜しましょう。
静まり、騒がず、外の声をもしばし閉ざし神さまの愛のみことばに耳を傾けましょう。


真珠を発見するでしょう。もう祈りは聞かれているのです。
手にしている課題は心配しないで大丈夫なのです。
エスさまご自身という宝を見出したからです。


ありのままで輝かせて、周りを豊かな喜びで満たす、神さまの真珠です。


手にして喜び、自慢せず、すべてを忍び、信じ、望み、神さまをたたえる日としましょう。
 

-- f:id:dailybreadzion:20200502093014j:image