おはようございます。
神さまの目に高価で尊い存在です。今日の日が守れますように。
☆今日の御言葉 イザヤ書25章8−9節
『死を永遠に呑み込んでくださる。主なる神はすべての顔から涙をぬぐい、その民の恥をすべての地から消し去ってくださる。確かに主は語られた。その日には、人は言う。見よ、この方こそ私たちの神。私たちはこの方を待ち望んでいた。この方は私たちを救ってくださる。この方こそ私たちが待ち望んでいた主。その救いに喜び踊ろう。』
救いに喜び踊ろう!今日の聖書の言葉が心に響いています。踊っている時間はないかもしれません。喜び踊る状況にないと思われることもあるでしょう。この聖書の言葉が語られたイザヤの時代の現実は決して問題のない状況ではありませんでした。それでも、神さまを信じて生きる道は、救いの喜びが豊かに満ち溢れる人生なのです。決して無理やりではありません。でも・・祈りの中で導かれている思いは、今日、わたしたちが人生のどのような状況に置かれていても、イエスさまが手をとって「さあ、踊ろう」と呼びかけてくださるのです。恐れに支配されていても、あの課題がまだ残っていても、イエスさまの手は差し伸べられているのです。
わたしたちは言うかもしれません。「自分の人生に喜びがなく、死を見つめて生きるだけだ」、と。イエスさまは言われます。「死は、永遠の命に呑み込まれた。わたしはあなたを救う」と。まだ目には涙があって、押し迫ってくる課題が今もあって喜べる現実ではないかもしれません。イエスさまのあたたかい手がわたしたちの顔に触れ、目の涙をぬぐっていてくださるのです。今喜びを感じられなくても一緒に涙を流してくださる方でもあるのです。すべてのことが解決していないと思うこともあります。すべての恥を消し去ってくださるのです。後悔も、悔しさも、侮辱を受けたことも・・消し去って、本当の喜びが満ちるようにしてくださるのです。
イエスさまに手を差し出すだけで大丈夫です。あとは、踊りをリードしてくれます。イエスさまの手をとれば、イエスさまの愛のぬくもりを感じて、救いの豊かさが伝わってきて、しだいに、自分でも踊りながら神さまを賛美しているのです。その姿は美しく見えます。