海老名シオンの丘教会 366日バイブルメッセージ

海老名シオンの丘教会の366日みことばメール

1月19日 苦しみの価値

おはようございます。

心の重荷を横において、軽く健やかな日でありますように。
 
☆今日の御言葉 フィリピの信徒への手紙3章10−11節
『私は、キリストとその復活の力を知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、何とか死者の中からの復活に達したいのです。』
 
復活されたイエスさまは、今日わたしたちと共にいてくださるお方です。パウロは、「キリストと復活の力」を知りました。いつどのようにして、そんなに素晴らしい人生の価値を経験したのでしょうか。決して、問題のない楽な人生を生きていたわけではありません。平和な時代に歩んでいたのでもありません。迫害されること、鞭打たれること、裏切られ、貧しくされ、病を負い、非難もされ、嘲られました。数々の苦しみのリストを抱えていたことでしょう。この深い痛みの経験が、ものすごく豊かな神さまの恵みの体験となり、「キリストと復活の力を知る」、出来事になったのです。
 
私たちの苦しみのリストは、どうでしょうか。思い起こすだけでも気持ちが暗くなってしまいます。しかし、イエスさまの生涯に目を移すと、それは数えられないほどの、苦しみのリストに満ちています。その究極的なものは「十字架」というかたちで表現されます。死という絶望と、暗闇と、本当に深い苦悩です。ここに何の価値を見るでしょうか。なんの良いことを感じられるでしょうか。しかし・・これは宝でした。天の栄光でした。ものすごく大きな復活という神様の力ある業が現されるものだったのです。
 
天の宝は、しばしばわたしたちの人生にも「十字架」というかたちで現れます。傷つき、、恨み、尊いものだとは思えず、かえって神さまの愛から引き離されているようにも感じるのです。喜んだり、感謝できなくて当然です。無価値なことをなぜ経験しなかればならないのかと怒って当然です。
 
深く、深く、この十字架を見つめてください。その苦しみの十字架は、冷たく、無価値で、わたしたちを脅かすものではないのです。私たちの人生を虚しく、暗闇に閉じ込めるものではありません。その十字架に憐れみに満ちたイエスさまがおられます。優しく深い愛の眼差しで、わたしたちを見ていてくださるのです。そして、その十字架には、続く道があって、復活の力という名の栄光の道があることを教えてくださるのです。私たち一人ひとりの手をとって、「その道に歩みなさい」と呼びかけてくださるのです。苦しみの経験は、十字架のキリストと私たちを結びつけます。
 
もう暗闇の道を歩く人生ではありません。苦難の中で、もがき続ける歩みは終わりました。自分の人生に希望はないと諦める必要もなくなりました。今日歩く道は、たとえ苦難の中にあっても、その道でこそ経験できる十字架のイエスさまとの出会いが、わたしたちをキリストと復活の力を知る経験に導いてくれるのです。祈りが深くなってきます。神さまへの愛が心に満ち溢れます。神さまの力と知恵が、何をする時にも選択の基準、判断の基準となります。その人生は迷うことがありません。
 
今日、十字架のイエスさまから素晴らしい祝福を受け取りませんか。